「第10回街道ウォーク 大磯→国府津」で、いいなと思った風景、「ん?」とツッコミを入れたくなった諸々のものたち、などなど気の向くままの「まちなみ」ウォッチです。どうぞい付き合いください。
このウォッチには名所・旧跡は含みません。名所・旧跡については、こちらをご覧ください。
1月20日(土)一応晴れ。9時17分に大磯駅を出発しました。最初のチェックポイントは、島崎藤村旧宅。周辺は、古民家を利用したちょっとおしゃれなカフェなどがあって、閑静な佇まいです。
藤村邸は、狭い路地をたどってい行った先にあります。この写真右側は、藤村邸の垣根です。
藤村邸を後に、再び東海道をてくてく歩きますと、立派な松並木になります。
説明板がわかりやすかったので、近づいてパチリしたものを載せますね。
次世代の松並木用に、ちびっ子松の木育成中。こうして長い目で見て手入れをしているからこそ、維持できているのだと納得。
今日も追いかけます。「日本橋から(まで)〇〇km」の表示。
滄浪閣の先で海側の路地を入ってみました。海がすぐそこに見えます。
せっかくなので、浜まで下りてみました。普段、海の見えないところで暮らしているので、海を見ると若干興奮してしまう・・・
海を見下ろす斜面は、「大磯こゆるぎ緑地」と呼ばれていて、松林になっていました。かつて、伊藤博文の別荘・滄浪閣に追随するように財界人の別荘が立ち並んでいたのは、おそらくこの辺りでしょう。
東海道の横から海側へ向かう細道の先に、キラリと海が光ります。
街道沿いの旧家。前回よりも、このような旧家を見ることが、格段に増えました。ローカル色が濃くなってきたように感じます。
日本橋から(まで)70km
宝前院の先の坂道。地名は中丸です。
中丸の立場があったのはこの辺りでしょうか。坂の上で見晴らしがいいので、いかにも茶屋とか、あったような感じがするのですが。
特に案内はなかったのですが、勝手に想像してみました。
日本橋から(まで)72km
二宮町に入りましたので、早速マンホールをパチリしました。
大磯町のマンホールに比べると、ポップでゆるい感じ。
日本橋から(まで)73km
二宮駅のロータリーにある高木敏子さんのガラスのうさぎの少女の像です。
写真ではわかりにくいですが、少女が抱いているうさぎは、本当にガラスです。
高木敏子さんは、1945年8月にここ二宮駅で、アメリカ軍の機銃掃射に遭い、目の前でお父さんを亡くしました。詳しくはこちらのブログをご参照ください。
日本橋から(まで)74km
旧東海道の名残り
左が国道1号線、右が旧道です。やっぱり旧道はいいなあ。
旧道を歩いていたら、醤油の蔵元がありました。「宮戸醤油漬物醸造」という表札が出ていました。
梅沢橋跡
橋は架かっていません。暗渠になっています。道路の下で、水が流れる音がします。
この道の下が、たぶん川。海に注ぎます。
街道沿いの旧家、たくさんあったのですが、特に印象に残った一枚を。
日本橋から(まで)75km
またまた旧道都の分かれ道です。左が旧道、右が国道1号線。この旧道の先が押切坂で、茶屋本陣跡があります。押切橋で再び国道1号線と合流します。
小田原市に入りましたので、例によってを。
やっぱり、箱根駅伝なんですね。
日本橋から(まで)76km
少々疲れてきましたが、行く手に見える海に励まされて進みます。
塩小売業という看板を掲げたお宅を発見しました。珍しかったので、パチリさせていただきました。
ちょっとツッコミを入れてみたくなった看板だったので。「ちょっと君」と言われてもなあ。
もちろん、地域で子どもを守るのは大事ですね。
おお、ほととぎす巻ではありませんか! ここに本社があったのかあ!
あ、ほととぎす巻というのは、茅ヶ崎→平塚ウォークで、ふらりと立ち寄った落花生屋さんで売っていて、お店の人のトークにつられて買った思い出の一品です。
そういえば、お店の人、「小田原の会社で作っていて・・・」と言ってたなあ。
旧友に再会したような気持ちです。
通りの向かいで、みかんをいっぱい売っているのが見えました。オレンジ色が
きれい。
日本橋から(まで)77km
旅の終わりに、海を見ました。もうすぐ、国府津の駅です。夕方だからか、波が高いようです。波がしらが立っています。
足元は砂浜ではなく、大小さまざまの丸い石でした。
日本橋から(まで)78km
海を見た後、駅まで少し遠かったですが、てくてくサクサク歩きました。タイムアウトすることなく、予定をこなして目的地まで到着出来て、何よりでした。
長々、お付き合いくださり、ありがとうございました。
また、訪ねて来て下さると嬉しいです。