てくてくわくわく 街道ウォーク

週末の東海道てくてく歩きのブログです!

ご近所ウォーク @東村山 パワースポットめぐり

  母の在宅介護のために、期間限定で(8月いっぱい)実家に滞在しています。

 せっかくなので、止まってしまった街道ウォークに替わって、東村山ご当地ウォークをしています。(まあ、散歩ですね。)

 今回は、こちらのパンフ「まち歩き発見マップ ココミテ東村山」(東村山市 発行)に載っている、「コース① あなたの未来が変わる!? パワースポットめぐり」をなぞってみました。

 

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 解説文の写真、ちょっと切れてますね。すみません。

 「東村山は新田義貞が鎌倉攻めの際に勢いを伸ばし、また芸能界からスポーツ界まで優秀な人材を輩出し続ける、不思議なエネルギーに満ちたスポット。金運、仕事運、縁結び・・・歩き終わった頃には運勢が上昇しているかも?」

と書いてあります。果たして私の運勢は上昇したのか??

 

 歩行距離は約6.5キロ。

 ルートは以下のようになっています。

 

スタート 東村山駅西口

①猿田彦神社

②弁天橋

③大善院

④正福寺地蔵堂

⑤将軍塚

⑥徳蔵寺

⑦梅岩寺

⑧白山神社

⑨志村けんの木と銅像

ゴール 東村山駅東口


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 ちなみに、このパンフはこちら、西口駅前ワンズタワー2階にある観光案内所でもらいました。ウォークの始めに立ち寄るといいカモ。
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ここからスタートします。東村山駅西口。手前に写っているのが、東村山停車場の碑。

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 読みにくいですが、説明板、アップします。
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 東村山は、北多摩地区の中では早い時期に鉄道が開通した所でありました。明治22年に甲武鉄道(現中央線)が新宿・立川間で開通すると、その国分寺と埼玉県の川越を結ぶ川越鉄道が敷かれました。当初は、柳瀬川の鉄橋工事が難航し、久米川に仮停車場が置かれ、明治28年にようやく地元の人々の念願が叶って、東村山の停車場が設置された・・・ということが書いてあります。

 

 明治の昔にしばし思いを馳せたら、いよいよパワースポットめぐりをスタートしましょう。

 

①猿田彦神社

 地元の人でもわからないくらいの、小さな神社です。りそな銀行の裏の路地にあります。

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 説明板です。


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 明治28年に東村山停車場が開業して以来、だんだん増えてきた地域の人々の親しい結び付きをはかるために、昔から旧道の辻にあった庚申さまを地区の鎮守と定め、お祀りしたものです。辻の庚申さまは、宝暦2年(1759)、村人たちによって建てられたもので、道を守ってくださる神として信仰されてきました。鉄道も「みち」であり、駅にかかわりのある周辺地域の守り神として、人々に信仰されてきました。

 ということが書いてあります。

 そうだったのかーー! 元地元民なのに、わかってなくて、今までごめんなさい。

 

②弁天橋


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 前川にかかる朱色の橋。ひときわ目を引きます。橋を渡ってしばらく歩くと弁天池公園に。弁天池公園には、出世弁才天が祀られています。お参りしたら、仕事運がアップするかも。

 

③大善院

 弁天池公園と、ここ大善院については、前々回のブログに詳しく書いています。(この日とは別の日に散歩しました。)

 

www.lupinus-shiroyagi.com

 

 今日は、門の前でパチリして一例して、失礼しますm(__)m

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 ふと、後ろを振り返りますと、情緒のある参道となっておりました。駅前通りから右に入る参道です。前回は、気が付かなかったなあ・・・

 再訪して新しい発見が。てくてくわくわくの醍醐味ですね。
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 足元のマンホール。地元では、特に珍しいものではありませんが。図柄は、多摩湖ですね。
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 東村山から立川方面へ続く駅前通り沿いには、こんな土蔵のある風景も。街道ウォークみたいですね=。錯覚しそう。


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④正福寺 地蔵堂


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 国宝の千体地蔵があることで有名な、正福寺。(中学生の時、社会科の教科書に載っていて、びっくりしたことがある。「ウチの近くのお寺じゃん!」って。)

 まずは山門の写真をどうぞ。

 続いて、山門について説明板を。
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 正福寺は臨済宗の寺院で、鎌倉の建長寺の末寺です。その仏殿である地蔵堂は、応永14年(1407)建立の典型的な禅宗様建築で、東京都唯一の国宝建造物です。 

 山門は、元禄14年(1701)のもの。江戸時代の伽藍の遺構を示しています。

 といったことが、書いてあります。へーーー

 

 こちらが、国宝・千体地蔵堂。

 


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 中に祀られている地蔵尊についての説明はこちら。


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 約900体の小地蔵尊が祀られています。祈願する人はこの像を1体借り、願いが叶うともう1体添えて奉納した。正徳4年(1714)から享保14年(1729)にかけて奉納されたものが多い・・・

 といったことが書かれています。

 

 広い境内は、なかなかの風格です。

 本殿に続く道と、本殿の写真をアップします。


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 次のチェックポイント⑤将軍塚までは、割と長い道のりです。新しい住宅と畑が混在するのどかな風景をみながら、ひたすらてくてく歩きます。

 こちらの写真は、弁天池公園を、裏側から見たところ。
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 またまた、土蔵のある農家発見。
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 線路を超え、さらに北上しますと、八国山のふもとにつきます。

 八国山は、「となりのトトロ」の「七国山」のモデルになったところです。でも、私にとっては、地元の山であり、子どもの頃の遊び場です。トトロの映画が公開されたのは大きくなってからのことなので。

 小学校の頃、よくこの中を歩いたなあ。今回調べたら、標高約90mだそうで。へーーーー。

 山というより、ささやかな丘なのでしょうが、一歩入ると、木々に覆われた山道が続いていて、東京じゃないみたい。

 うっそうとした暗い道もあるのだけど、ビビらず歩いて行くと(地元育ちなんで慣れているけど、初めての人は「え、ここ、入っていいの?」とちょっとひるむかも)、このような広場に出ます。ここまで来れば大丈夫。あとは案内表示に沿って、「将軍塚」を目指してください。
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⑤将軍塚

 ううぅ、なんかちょっと、苦手な雰囲気の塚まわり。街道ウォークだったら、「写真撮って来てちょ」と「くろやぎ」(街道ウォークの同行人&オット)に外注に出すのだけど、今日は一人だから仕方がない。パチリ。
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 ほとんど読めないけど、一応説明板も。


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 新田義貞が鎌倉討幕の際に陣を張った場所です。

 

 将軍塚近くの尾根道から、八国山北側の所沢市街地を臨みます。
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 八国山ふもとにある「久米川古戦場跡」

 観光案内に必ず載っている有名なスポットなのですが・・・元地元民なのに私はどこだかわかっていなくて。それも知りたくて、今回、お散歩を思い立ったのですが。

 あ、ここだったのね!
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 知ってる、ここ。

 よーく知ってた。子どもの頃、よもぎを摘みに来た、広くなだらかな斜面。

 雪がたくさん降った時、スキー板を担いできたこともある。さすがに、スキーは無理だった。それほどまでは積もっていなかったし、水分多いし。

 あの原っぱ、古戦場だったのかい! こんな説明板は、あの頃はどこにもなかったぞ。f:id:kaz-mt-wisteria:20220823102703j:image

 えー、久米川古戦場とは・・・

 北川と前川の合流するこの辺りは、鎌倉時代には久米川宿と呼ばれておりました。

 上野国と鎌倉を結ぶ鎌倉街道の上の道の主要な宿駅でした。

 元弘3年(1333)、鎌倉幕府討幕のために、群馬県新田町から挙兵した新田義貞の軍勢は、初戦の小手指ヶ原で鎌倉軍を破り、南下して第2戦が行われたのが、この周辺です。

 久米川の合戦に勝った新田義貞が塚を築き、勝利の旗を立て塚が、八国山の山頂にある。八国山は、駿河、伊豆、相模、甲斐、信濃、上野、下野、常陸の八か国の山が見られるので、この名がついたと言われています・・・

 だそうです。改めて、ガッテン、ガッテン。

 

 古戦場跡の斜面を振り返ったところ。記憶の中のあのなだらかな広い斜面は、今では宅地に変わっています。
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 本当に、なーんにもない広ーい斜面だったんだけどなあ。

 

 小学校4年生の時、クラスの友だち数人でヨモギを摘みに来て、急に天気が悪くなり、雨が降って来て雷も鳴り出し、ポツンと1軒(?)あったお宅をピンポンして「雨宿りさせてください」とお願いしたことがありました。そしたら、やさしそうな女の人が出てきて、家の中にあげてくれて、なんとなんとおやつまでいただいちゃって・・・(ショートケーキ!だった気がするのは、思い出を美化してる?)。あの時はお世話になりました。それにしても、昭和の子って、大胆ね。そして、大人もおおらかだったね。

 

 そんな思い出のよみがえった、古戦場跡でした。

 

⑥徳蔵寺

 まずは、正面の山門から一枚。
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 堂堂とした佇まいの境内。本殿も立派です。


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 徳蔵寺は臨済宗のお寺で、創立は永禄3年(1560)、開山は元和年間(1615~1624)と伝えられています。

 敷地内にある板碑保存館で、新田義貞と鎌倉幕府との戦いで命を落とした3人の武将を供養をした「元弘の碑(国指定重要文化財)」などを展示していることで有名です。

 新田義貞ゆかりの地を巡る人にとっては欠かせないスポットらしいです・・・ ふーん・・・

 

熊野神社

 久米川村の鎮守の神様です!

 境内から、なんと応永32年(1425)銘の鰐口が掘りだされたことから、鎌倉・室町時代から本殿があったと考えられているそうです。古い神社なんですねー。知らなかったなあ。
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 読みにくいですが、説明板です。


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 神社よりも、隣接するこちらの熊野公園に遊びに来て楽しかった思い出が。

 家からは、子どもの足では距離があるので、ときどき大人に連れてきてもらった公園。今となっては草ぼうぼう気味だけど、あの頃は新しい遊具があって、きれいな花壇があって、特別感のある公園だったな。
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立川家の門跡


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 パンフには載っていないのですが、是非書き留めておきたい場所。

 かつてここ(道路向かって左側)に、とても立派な門がありました。「立川家の門」といって、様々な資料に掲載されていました。日蓮上人が泊まったという名家です。通りかかるだけで、堂々とした風格の門構えに圧倒され、歴史のロマンを全身で感じました。

 あるとき、突然撤去され、このような建売住宅の並ぶ場所に。仕方のないことですが、ショックでした。今回調べたら、2016年まではここにあったようです。

 

久米川辻


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 かつて久米川宿の中心だった、久米川辻。府中街道との交差点を通過すると三叉路に。あうんの呼吸が試されるドライバー泣かせの場所。

 向かうよりも、三叉路から出てくる方が大変かな。大変不名誉なことでありますが、私、ここで新車の左側面をこすったことがあります・・・ 同じ場所で実家の父は、自転車に乗っていて車と接触。幸い怪我はほとんどありませんでしたが、本当にひやりとしました。

 みなさん気をつけて。

 

 久米川辻を横断することはせず、左折して府中街道を所沢方面に向かって歩きますと、まもなく、面白い場所を発見(もちろん、どのパンフには載っていません! てくてくわくわく街道ウォークの「まちみウォッチ」的なノリで)。

 骨董屋さんのなのですが、お店の脇に、昭和のレトロな看板や置物がたくさんありました。
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⑦梅岩寺


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 梅岩寺は曹洞宗の寺院で、創建年代は、一説には1400年ごろとも言われているそうです。

 すっきりとした中にも重みのある山門と境内です。

 

 本堂に向かう参道の両側には、「四国石仏」が並んでいます。私がいる間ずっと、一心に手を合わせていた年配の女性の姿が印象に残っています。


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 四国石仏の説明板です。八十八か所を巡るのは現代でも大変。ここに来てお参りできるのは、今も昔もありがたいことですね。
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 本堂です。


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 鐘楼です。

 子どもの頃、遠くからお寺の鐘の音が聞こえるたびに、「梅岩寺の鐘よ。」と母に教えてもらったのですが、ここだったのか。
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 鐘楼のふもとには十三仏。

 十三仏について説明した碑もあったので、アップしますね。参考にしてください。


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 境内に様々な文化財がある梅岩寺ですが、ケヤキとカヤの大木もまた有名です。それも、1本2本じゃなくて、たくさんあって、なかなかの風景です。木からエネルギーを貰えそう。まさにパワースポット。(このコースのテーマでしたね! 忘れかけていたけど。)
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 梅岩寺のケヤキは、一番大きなもので、高さ27m、幹周り7.3mと書いてあります。

 

 こちらは、カヤですね、
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 梅岩寺は、第二次世界大戦時、港区の赤坂国民学校の子どもたちが、学童疎開に来ていた場所です。

 家族から離れて寂しい思いをしていた約70年前の子どもたちも、この木を見上げていたのでしょうね。

 *赤坂国民学校の学童疎開の子どもたちは、ここ梅岩寺と、先の正福寺に分宿していました。

 

笹本だんご店


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 所沢・東村山一帯は、しょうゆ団子で有名です。私が子どもの頃は、こんな小さなお団子屋さんが、あちこちにあって、ときどきおやつに買ってもらいました。

 今回は、目の前で最後の3本が売れてしまい、残念。いつかリベンジするぞー

 

 

 お団子屋さんのごく近くの「玉弘」。

 パンフには掲載されていないけど、ここ、美味しいからご紹介。
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 お寿司屋さんのネタの厚焼き玉子だと思ってください。家では作れない味。

 卵焼きを買いたいときは、奥の小さな建物(工場)に声をかけます。

 厚焼き玉子の他、道路に面した無人販売の場所ではこんなふうに野菜もいろいろ売っています。

 

 足元のたぬきと、なんだか謎な形のスイカに魅かれて、パチリ。
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豊島屋酒造

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 逆光?であまり良い写真ではないのですが。

 この辺りではちょっと有名な酒蔵です。看板は「金婚」というお酒らしいです。


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 直売所あり。

 毎週土曜日には、工場見学もやっているようです。

 詳しくは、豊島屋酒造さんのホームページでご確認くださいね。

 

  しばらく歩くと、また土蔵発見。パチリ。

 土蔵、好きなんです。子どもの頃からの風景で。街道ウォークをしていても、土蔵を見るとついパチリしてしまうけれど、この辺りが原点か。


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⑧白山神社


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 コースの始めに寄った猿田彦神社よりもさらに小さな小さな神社です。

 子どもの頃、「なんかここに神社みたいなのがあるけど?」と視界の片隅に入ってはいた。でも、どんな神社か、知らなかった。あの頃は、説明板が設置されるなどということは、あまりなかったと思います。

 整備されて神社らしさを増した「白山神社」。「どんな神社なの?」ということで、説明板です。


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 神社の中にある「牛頭天王像」の説明板でした。東村山市指定民俗文化財です。牛頭天王は、疫病除けの神様ですって。コロナ退散をお願いしなくては! ここ武蔵野地域では珍しい忿怒の相で、文政2年(1819)の建立です。

 もともと、ここ白山神社にあったわけではなく、明治の初めごろに井戸の中から発見されたものだそうです。

 


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 で、こちらが「牛頭天王像」の祠。

 すきまから、そうっと失礼します・・

 


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 なるほど、お怒りのご様子(忿怒の相)ですね。「コロナめ!」と思っていらっしゃるのかも。

 


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 こちらが、鳥居と本殿です。

 

鎌倉古街道

 白山神社の近くに、鎌倉古街道の説明板がありました。
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 鎌倉幕府は、重要な基盤である関東地方をしっかり統治するため、鎌倉を起点として四方の街道を整備しましたが、その中の一つ、「上ッ道」が東村山市の南北に通っています。市域の鎌倉街道は、古代の官道である東山道にほぼ並行して走っていたのではないかと推定されています。

 全体的なルートとしては、鎌倉化粧坂から府中を経て、小平市境の九道の辻より、現府中街道にほぼ沿って北上し、八坂神社、東村山駅を過ぎ白山神社付近から西武鉄道にほぼ平行し、東村山市と所沢市久米の境である勝陣場橋あたりより、堀兼・入間川・上野国を経て信濃国に至ります。

 文永8年(1271)の日蓮上人の佐渡流刑の際に立ち寄った記述のある久米川宿(立川家ですね!)、元弘3年(1333)の新田義貞鎌倉討幕の久米川古戦場も沿道であったと考えられています。

 

 ・・・といったことが書かれています。よーーーくわかりましたよ! 説明板を設置してくださった東村山市教育委員会さんに感謝。

 今日のルートは、この説明板のルートとは逆をたどっていますね。「いざ鎌倉!」の方向です。

 

 白山神社付近の鎌倉古街道の様子です。向かって左側に説明板。
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 ここ、子どもの頃から好きだった道です。「鎌倉街道」の木の標柱、子どもの頃からあって、興味津々でした。よくわからないけど、歴史のロマン、感じてた。左側の旧家も、趣を添えています。


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 ちなみにこのショットは、府中街道から左に入る一通の小道です。

 なので、今回のルートとしては、来た方向をふりかえっていることになります。(まわりくどい説明で、すみません。)

 鎌倉古街道から府中街道に合流しますと、間もなく、今回のゴールである東村山駅東口に到着です!

 

⑨志村けんの木と銅像

 

 


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 東口・ロータリーの3本のケヤキは、「志村けんの木」です。説明については、こちらをご覧ください。

↓ ↓ ↓


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 2020年に新型コロナウィルス感染症でお亡くなりになった志村けんさんに、「多くの笑いと感動をありがとう」ということで寄付を募り、このような銅像が設置されました。東村山の新名所となっており、この日も、何人もの人が、銅像の前で記念写真を撮っていました。
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 東村山市のパワースポットめぐり、いかがでしたか?

 果たして、私、パワーはついたんでしょうか?

 子どもの頃から知っている場所ばかりでしたが、改めて「へーーーーーー!」と思うことがとても多くて、楽しかったです。 運気も上がったことでしょう。

 

 ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。

親の介護を始めて思った自分のための心得

 実家で母の介護を始めて、3週間経ちました。「介護できる幸せを感じて・・・」などと言っていただくこともありますが、何年かして、幸せな時間だったなと、気が付くのでしょうね、きっと。渦中にいると、難しいです。

 私は、今、幸せなんでしょうか?

 逆の見方をすれば、幸せを感じることができなければ、介護は破綻するのかもしれません。

 大変な時も機嫌よく暮らす。心のバランスを保つことの大切さを実感しています。

 今、思いつくままに、自分のメモ代わりに「介護の心得」を書いてみました。

 

やらない。

①仕事を辞めない。

 ささやかな仕事ですが、好きでやっています。やめたくはありません。自分の老後の資金のためにも、やめることはできません。

②残業しない。

 残業しないと片付かないようなタスクには、見切りをつける勇気も必要。自分の中で働き方改革を。

 とはいえ、まったく残業しないというのも自分に返ってくるので、30分以上の残業をしない・・・ということで。

③泊まらない。

 自宅に帰って一旦リセットすること。とても大切です。この3週間の滞在で痛感しました。「じゃ」と帰って、翌日また「元気?」とにこやかに現れたいと思います。

④やりたいことを諦めない。

 「今、介護してるから、当分無理」と思うのはやめます。自分の人生の残り時間だって、日々減っている。出来ることならば、今、やってしまおう。

 例えば、いつかやってみたい習い事、いつやるの? →今でしょ!

⑤仕事のための勉強はしない。

 好きでやっている仕事。仕事と楽しみの区別があまりないまま、十数年を過ごしてきました。仕事のための講演会、仕事に関係した資格取得のための勉強・・・ 休みの過ごし方は、こんなことをしていることが多かった。

 でもよく考えて。面白いことは、他にもたくさんあるよ。

 好きなこととは言え、仕事は仕事。勉強もそれなりに大変。楽しいとは言い難い。

 介護とも仕事とも関係のない、第三のフィールドを持とう。

 

やる。

①毎日のルーティーンを大切にする。

 「泊まらない」ことでリセットできる。

 ルーティーンをサクサクすることも、リセットにつながる。

朝ごはん

 実家に滞在している今は出来ていませんが、自宅では、健康オタクの自分のためのワンパターンなB級朝ごはんを毎日食べています。(ちなみの家族用には、具だくさんお味噌汁、ゆで卵、ご飯)

 一応、高血圧(たまに135を超えることがあるので)を気にしている内容となっております。

 

☆目覚めの1杯 トマトジュース(よーく冷えたカゴメの缶ジュース)

☆スープボウルに大匙2杯のオートミールを入れ、具だくさんのお味噌汁(前の晩に作っておく)を注ぎ、卵を一つ落としてレンジでチンしたスペシャルおじや

☆ルイボスティー(シナモンパウダーとヒハツ入り) 

☆ミックスナッツ 18g

☆ブルーベリーチーズ 1切れ

 

 洗濯物を干したら、最後に一人用コーヒーメーカーで淹れたコーヒーをクピっと飲んで、行ってきまーす!

 今日もがんばるぞー

朝活書写

 母を始め、身近な高齢者を見てきて思ったこと。漢字を忘れるのか、ひらがなが多くなる。そして、書く字がヨロヨロ乱れてくると、老いてくる。

 老い防止も期待して、ここ実家に来てからペン習字を始めました。

 ツイッターで、#朝活書写 として毎朝素敵な作品を披露されている方を見て、憧れています。

 #朝活書写では、毎朝5時にツイッターにお題が発表されて、それを思い思いに皆さん書写してアップしています。

 お題が「青空文庫」から引用した文学作品というのもいいな。

 どうせ書くなら、素敵な文章がいい。封筒の宛名とか熨斗の表書きの練習じゃなくて。

 美しい文章に向き合う朝の10分・・・ 静謐な時間、いいな。

 でも、自筆を披露するのは敷居が高い。取り敢えず500円でペン字の練習帳を購入して、練習しています。練習帳の副題は、30日でみるみる無理なく上達するとかなんとかいう・・・ ホントかしら? 

 今後自宅に戻って、慌ただしく出勤する朝に、朝活書写ができるかどうかは、未知数です。

通勤ウォーキング

 朝の通勤は、せっせと歩くのが日課です。

 3年前、自転車で転倒し骨折したのを機に自転車を封印しました。自分自身の足腰が、私の車です。一生使う車、毎日使って、さび付かせないようにしなくては。

 母の入院中、ウォーキング途中の決まったある地点で、「おはよう。元気?」と父に電話を入れるのも、ルーティーンでした。父も、決まった時間に電話がくるというのが、良かったみたいです。これからも続けます。

 仕事のない日、悪天候の日は、お休みです。

ネットできくち体操

 一生使う私の車、つまり足腰を強くしなくちゃ。筋トレ大事。

 それで行きついたのが、「きくち体操」でした。創始者の88歳の菊池和子さん。背中がピーンと伸びて、180度に開脚されている写真を見て、ホントびっくりしたのがそもそもの始まりでした。な、な、な、なんで?

 きくち体操についていろいろ調べてみると、ああそうなのかと、共感することがたくさん。ここにはくわしく書きませんが。

 さらに調べて「ネットできくち体操」というのがあることを知りました。毎月1000円で、体操の動画を見ることができます。月曜日と木曜日に新しい動画がアップされます。

 体操は、テキストより断然、動画の方がわかりやすいし、モチベーションも上がります。ここ半年くらい続いている私の毎日のルーティーンです。

11時半には寝る。

 困ったことに、私は夜更かしです。人間、寝ている間に、体と脳のメンテナンスをするんですって。12時前の睡眠は、絶対に外せないことらしい。心を鬼にして、11時半には就寝せねば。

②プチ贅沢

 たぶん私は貧乏性。お金を使うことに大胆になれない。かといって、つつましく丁寧な暮らしをしているわけではなく。

 小さな贅沢は、暮らしも心も豊かにする。もっと楽しまなくちゃ。そこで・・・

欲しいものは買う。

 説明するに及ばず。

 そんな高価なものでなければ、欲しいものは買おう。お金は使うためにあるんだよ。

気に入った服を着る。買う。

 好きじゃない服は着ない。捨てる。よーく考えて、どうでもいいハンパな服は買わない。

 逆に、気に入った服は、躊躇せず買う。

 毎日、好きな服だけ着て、テンション上げる。

食べてみたいものは、食べる。

 食べてみたかったら、食べようじゃないか。

行ってみたいところには、行く。

 行けるんだったら、行ってみよう。

 行ったら絶対、得るものがある。

③ちょっとした刺激

ちょっと回り道して、いつもと違う道を通る。

 ちょっとずつ、ちょちょこ寄り道。

本を読む。たくさん読む。読みたいものを読みたいだけ。

 できれば毎日、寝る前の読書タイムを。睡眠導入剤になってしまうかもしれないけど、それもよし。

 自分のミニミニ書斎を作って、ちょっと高価な椅子を買った話を、ブログに書いたことがありましたね。

 

www.lupinus-shiroyagi.com

 

 母が入院してからは、とんとあの椅子に座ってないけど、ああいう時間、本当は失いたくない。休みの日は1時間でも座ってみようか。

人付き合いを大切にする。ゆるい付き合いをたくさん。

 一人っ子のせいでしょうか。寂しがり屋です。友だち、恋しいです。「心の友」と、勝手に呼ばせてもらっている友人がたくさんいます。

 思春期の頃の「親友」とは違う、ゆるい付き合いがいいと思います。思春期は、重松清さんの小説「きみの友だち」にあるように、「見せかけだけの友だちなんていらない、たった一人の本当の友だちがいればそれでいい。」みたいな感じなのかなあと思うけど、今の心境は、たくさんの人と、ゆるく、長くお付き合いしたいかな。

介護者としての心の平安

①大前提  私は介護のプロではない。

 私は、家族という立場のサポーター。一歩引く姿勢でいい。

②今はまだ、やらなくていいこともある。

 着替え、ベッドメーキングなど、やらなきゃって思ってた。だって、夕食が終わると、着替えないで、おむつも変えないで寝てしまうのですもの。それで、「着替えて」って言ったらキレられて、こっちも「じゃ、おやすみ」って手を引いてしまった。困ってみれば??って。

 翌朝見たら、ちゃんと着替えて寝ていた。本当はできるのに、先回りすることないんだな。困ると感じたら、自分でやるんだ。(父の助けは必要だけど)

 今はまだやらなくていいことは、やらない。それがお互いのため。

これだけはと、やることを決める。

 両親が本当に困っていることは手伝う。現在では、それは炊事。

 母は、家事は出来なくなっている。父は、掃除も洗濯もゴミ出しもするし、スケジュール管理などもほぼ大丈夫だけど、もとから炊事はしたことがない。「無理! 料理だけはお手上げ」と宣言している。

 他で頑張っているのだから、夕食の用意だけはしようと思っている。(母の入院中も、毎日、父の夕食づくりに仕事帰りに寄っていた。)

 それと、病院の付き添いも、できる限り手伝おうと思う。

④感情的にすれ違ったら、流す。

 イラっと来たら、考えるのをいったんやめる。

 高齢の両親に、腹を立ててどうするのか。そんな自分は悲しい。

⑤在宅介護は仮のカタチ、暫定措置であると考える。

 これがずっと続くとは思わない方が、楽。

 在宅介護なんて、そもそも無茶だよ。

 と、私は思います。介護保険制度は穴だらけ。

 「まず自助。次に共助。最後に公助。」と某前総理はおっしゃいました。その通り。日本は貧しいのね。強くならねば、生きていけない。

 強くしなやかに、やっていこう!

 

 

 

冷やすとおいしいモノ 冷や汁 枝豆 生八つ橋

今週のお題「冷やし◯◯」

 

冷や汁

 「冷やすとおいしい」というより、冷やして食べるのが当然のメニューですが、夏に一度は食べたい。「今日は冷や汁にするよー」と家族に宣言。「よっしゃー!」みたいな我が家の夏の風物詩。

 濃いめのかつおだしに味噌を溶き入れて、そのまま冷蔵庫にIN。具は別に刻んで用意します。

 きゅうり(縞目に皮をむいて板摺りし、輪切り)、みょうが(縦半分にカットしてから薄切り)、オクラ(さっとゆでてから、星形の薄い輪切り)とうふ(1センチの角切り)、大葉(千切り、たっぷりめ)、いりごま(すりごまではない。たっぷり)

 本場・宮崎では、アジの干物を入れるらしいですが、我が家では動物性タンパク質は入れない精進冷や汁です。

 食べる直前に、胡麻以外の具を汁に混ぜます。炊き立てアツアツご飯に、キンキンに冷えた冷や汁をかけると・・・、ん、美味しい!!

 熱いご飯にかけたら、冷えてないじゃんと言われそうですが、熱い&冷たいの瞬間のギャップがいい。ぬるくならないうちに、ご飯がふやけないうちに、さっさといただきます。

 

枝豆

 夏に「冷やすと美味しい」と言えばビールでしょう! という声が聞こえてきそうですが、私はあいにく下戸なのです。でも、ビールのお供と言えば? そう、枝豆。

 枝豆は、大の大の大好物です。

 枝豆は元の素材が肝心。我が家は東京の田舎にあって、農家さんの庭先で、収穫したばかりの枝豆が売られています。見つけたらラッキー! 即買いです。

 枝豆は一つ一つ枝から外し、両端をはさみでチョキンチョキンと切ります。結婚したばかりの頃、オットのくろやぎに不審がられた手順です。「食べる時に持つところがないじゃないか!」

 実家の母は、必ず両端を切り落としていたし、母に聞いたら、母の母(つまり私の祖母)もそうしてたって。習慣かな? あるいはおまじないみたいな? それと、こうしたほうが、ゆでる時に塩味が浸みこむ気がする。みなさんは、両端チョキンの習慣、ありますか?

 両端チョッキンしたら、ざるに入れ塩をふりかけて、じゃぎじゃぎもみます。下味をつけるのと、うぶ毛を落すのと、一石二鳥。一度さっと洗います。

 さて、枝豆は茹で方も大事。私はかなり固めにゆでます。「生ではない」くらいのかたさ。お湯がぐらぐら煮立ったら、塩一つまみ(いや、二つまみかな?)と枝豆を投入。再び沸騰したら、お玉1杯のびっくり水。もう一度沸騰した後は、ちょびちょび味見しながら、「今だ!!!」という時に、サッと引き上げて、塩パッパ。

 アルデンテの枝豆、食べ始めたら止まらない。でもちょっと待って。心を鬼にして、半分を取り分けておきます。冷めたらタッパーに入れて、冷蔵庫で一晩しっかり冷やします。

 翌朝のキンキンに冷えた枝豆。固さが、より締まり、塩味もなじんで、ますます好み。冷えた枝豆、ばんざい\(^o^)/

 これがしたくて、両端チョッキン面倒だけど、2束買って来たりする。


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生八つ橋

 これは、偶然の産物です。

 あるとき、私がコープの宅配で自分の(もちろん家族にも)おやつ用に生八つ橋を注文していたところ、届いた品を家族が(くろやぎ!)食器棚の上に置いたがために、忘れ去られておりました。私はチビなので、そんな高いところに置かれては見えないよ! かわいそうな八つ橋。発見されたときは、賞味期限を若干過ぎていた・・・

 捨てるのも惜しく、でも全部をすぐに食べろと言われても・・・ということで、取り敢えず冷凍庫へ。翌日、解凍して恐る恐る1つ食べてみたら、あら美味しい。なんなら、凍ったものをそのままもうひとつ・・・ あらら、こっちの方がもっとイケる!

 生八つ橋は凍ったまま食べるとおいしい。全然カチカチじゃないです。皮のひんやり感が絶妙。ちなみに、私が凍らせたのは、チョコ味の八つ橋で、中身のチョコが固く締まって美味しかったです。

 以来、おやつをちょいちょい凍らせてみるのがマイブームとなっております。バター多めのサクサククッキーも、凍らせると美味しいです。実際、実家の近所の洋菓子店で、「アイスクッキー」という名前で売られている商品があって、「凍らせてそのまま食べてください。」とパッケージに書いてありました。凍らせなくてももちろん美味しいけど、凍らせると美味しさが引き立つかな。

 息子の北海道土産の「白い恋人」も同様の感じに、美味しかったです。

 今度やってみたいのは、スーパーで普通に売っている「厚切りバウム」。あれをよーく凍らせて、はじっこからちょっとずつフォークで削って食べてみたい。濃いめのブラックアイスコーヒーをお供にね。

 とはいえ、今のところ、お菓子を凍らせて美味しいのは、ダントツで「生八つ橋チョコ味」です! ぜひ、お試しください。

 

 

 

ご近所ウォーク @東村山

 亀の歩みの東海道ウォークがピタリと止まってしまったので、近場でてくてくすることにしました。よかったらお付き合いください。

 

 実母の在宅介護のため、実家に滞在していますが、しばしの息抜きに〈コーヒーブレイク&お散歩〉が日々の楽しみになっています。

 そこで今日のお散歩は・・・・・・・

 西武新宿線・東村山駅西口から徒歩圏内の「弁天池公園」と「天台宗・大善院」です。

 ちなみに、今回、東村山駅前のワンズタワー内の観光案内でもらってきたこのパンフを参考にしました。


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 「東村山50景」東村山市 まちづくり部 都市計画課 (平成26年10月26日発行)

弁天池公園



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 赤い弁天橋を渡って少し歩くと見えてきます。池と赤い鳥居のコントラストがきれいな弁天様です。子どもの頃、ちょくちょく通りかかったけれど、子どもだけでは中に入らなかったなあ。なぜかしら。池が危ないと止められていたのか、なんとなく怖かったからなのか・・・?

 改めてよく見たら、「出世弁才天」なんですって。もっとちゃんとお参りしてたら、私もくろやぎ(街道ウォークの同行人&オット)も、出世していたかしら。

 この時期、蓮の花がチラホラ咲いていました。f:id:kaz-mt-wisteria:20220819214854j:image

   鮮やかなゴールドピンクにほれぼれ。周囲は草ぼうぼう気味で、ちょっと残念。池の向こうは畑が広がり、のどかな田園風景? 


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 東村山、東京といえど、農村の顔もまだまだ残っています。

 

 

天台宗・大善院

 節分の豆まきでは、尾上部屋の力士も参加し、なかなかの賑わいを見せるとか。地元育ちの私は、ほとんどなじみがなかったのですが。小学校低学年の時、4月のお釈迦様の花まつりで甘茶をいただいたのと、もう少し大きくなってから除夜の鐘を撞きに来たことがあるくらい。計2回ですかね。

 なんでも、地元の人による手づくり感がいいとパンフ(東村山50景)に書いてあったので、訪ねてみました。

 


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 明るくwelcome感のある境内です。街道ウォークをしていると、ガイドブックに載っていても「入っちゃダメ」的なオーラを醸し出しているお寺、結構ありますものね。ここは大丈夫。なので、まずはお参りしてから、ゆっくり見学させていただきました。

 

 最初に説明板をアップします。


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 もともとは八王子にあったお寺(創立は未詳を、明治33年にこちらに移して開山したと書いてありますね。

 


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 こちらは本堂正面に貼ってあったもの。へぇーーー、パワースポットとしてテレビ(テレビ東京 朝のさんぽ道)で紹介されたこともあるんですねー。

 

 これに沿って、境内を探検することにしました。いざ、出発!

 

①霊峰富士山」の溶岩石で作られた築山に鎮座する不動明王 三十六童子


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 境内、本堂に向かって左手に大きな立派な築山があります。

 

②10本の苗木が成長しお互いに引き寄せあい、一本の大木となった家庭円満のこぶしの木


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 見上げるほど大きなこぶしでした。

 説明板もアップしますね。


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 「この木は昭和のはじめに五センチ位の太さの木を十本位ここに植えました。それから月日がたち、それぞれの幹が大きくなり根っこ同士が引き寄せあって一本の大木となりました。どんなに仲の悪い家族でも長い間一緒にいると一つの家族に成ることができる家族の絆の木です。こぶしの花ことば 友情・歓迎・信頼・自然の愛」

と書いてあります。

 仲の悪い家族が長い年月をかけて一つの家族になるのは、難しい場合もあるかと・・・

 そこは敢えて突っ込まないでおこう。ご利益が逃げてしまいそうだから。

 

③築山の裏山の七福神めぐり

 太陽さんのスポットライトを浴びて、ひときわ輝いていた毘沙門天さまを代表でアップさせていただきます。


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 築山の裏の道に、七福神の神様がこんなふうに並んでいらっしゃいました。あっという間に七福神巡り。ありがたや。

 

④境内にあるハートを見つければご縁がアップ

 なんですって? ハートを探せですと? そんな無茶な・・・

 と思ったけれど、いやいや落ち着いて。例の貼り紙に、ちゃーんとヒントが書いてありますよ。

「築山正面の香炉にヒントあり!」

 あ、さっきの①の築山ね。えーと、香炉、香炉と・・・

 はいはい、これですね。


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 もっともっと近づいてみると・・・

 

 あ、💛 みーつけた!


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ハートを見つけたので安心して、境内をもう一度ぐるり。

今の季節らしく、百日紅の花がきれいでした。


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百日紅の木の下の優しい表情のお地蔵さまに、ほっこり。


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山門脇の掲示板の言葉が心に響き、パチリ


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「泥中に咲いても汚れに染まらぬ蓮の花」

 

おまけ・カフェ「八福豆」


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 弁天公園の近くに、知る人ぞ知る?隠れ家的なカフェがあります。以前からちょっと気になっていたので、入ってみました。

 コーヒー・紅茶などドリンク・スイーツの他、ピザ・パスタなどランチもあります。お持ち帰りもOK。スイーツがとても魅力的だったのですが、今日は最初なので(また来るつもり)アイスコーヒーにしました。

 店内落ち着いていていい感じ。心地よいBGMも好き。小さな庭を眺めながら、しばし幸せな時間を過ごしました。


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  ここまで読んでくたくださり、ありがとうございました。

 また、訪ねてくださると嬉しいです。

 

 

亀の歩みが止まっているワケ

 てくてくわくわく街道ウォークを読んでくださっている方々、いつもありがとうございます。

 日本橋を出発したのは、2017年の9月だったでしょうか。その間、同行人&オットの母(私にとっては義母)の他界、私自身の肘頭骨折(詳しくは、「肘頭骨折コツコツ日記」をご覧ください。)、新型コロナウィルス感染拡大に伴う自粛・・・・などなど数々の出来事・試練・困難があり、もともとゆっくりマイペースなプロジェクトだったのが、ますます亀の歩みになっておりました。昨年11月に金谷宿までたどり着き、来年中には(つまり今年)浜松にと決意を堅くしていました。浜松ではぜひ、一泊してうなぎパイの春華堂の工場を見学したいなあ・・なんて考えてもいました。しかし、またまた新たな試練が! 大井川を渡ったものの、足止めとなっております。

 

 何が起きたか? それは親の介護。1月の最後の日曜日の夕方、「左脚が動かない」とう実母からの電話から始まりました。その日のお昼には普通に会って話していたんですけどね。

 大動脈解離。こんな言葉知らなかったなあ。怖い病気です。心臓の血管が裂けちゃうんです。成功率は約半分という緊急手術を受けて、ありがたいことに一命をとりとめました。

 

 それからがまた大変でした。リハビリ病棟のある病院に移ったあと、急激に体力が落ち、何も食べなくなってしまいました。2度目のピンチ。一般的に、人間は何も食べなくなると2週間で亡くなってしまうらしい。10日目に、太い大きな静脈から高濃度の栄養を注入する「中心静脈栄養」にしてもらい、ありがたいことに何とか死なずに済みました。

 

 思うようにリハビリが進まない中、医療保険を使って入院できる150日という期限も迫ってきます。介護老人保健施設(いわゆる老健)を探し、面談まで済ませていたのですが、空き待ちだった施設が2か所ともコロナの感染に見舞われ入所のめどが立たないという問題に直面しました。結局、自宅で介護をするしか選択肢がなくなりました。ショートステイも当たったけれど空きがなかったのです。療養型の病院に転院するという道もあったのですが、療養型の病院では中心静脈栄養(点滴)のみで食事は出ないそうです。母は、点滴をしながら口から食べる練習もしていて、点滴は外せる見込みということで、老健に申し込んでいたのです。それなのに、また点滴のみになるなんて。寝たきりの生活を強いるようで、それはできないと思いました。

 

 そういうわけで今、在宅介護が始まりました。母は父と暮らしていて、父は健康で頭もはっきりしています。それでも85歳の父が母の介護をするのは大変不安で、私は実家に滞在して、母の身の回りの世話と両親の食事作りをすることにしました。

 父は買い物も洗濯も掃除もできるのですが、食事作りはしたことがなく、自分でも「絶対にできない」と宣言しているので、母が入院してから現在までの約半年間、毎日仕事帰りに実家に寄って父の夕食を作っていました。話し相手がいなくて寂しいだろうという思いもありました。私の気持ちでやっていたことですが、疲れました。自分の時間がほとんどないのですもの。家にいる時間もほとんどないし。それでも、ささやかな息抜きや気分転換のお楽しみを見つけて、楽しくご機嫌で暮らそうと思っていたところに、余儀なくされた在宅介護。でも腹をくくりました。日本は結局、公助も共助も薄くて、自助なんだなあ。某前総理のおっしゃる通り。

 私の仕事は、夏休み期間は休みが取りやすいです。この時期にこの状況というめぐりあわせは何か運命のようなものも感じます。8月いっぱいは実家で介護をしながら環境を整え、9月には仕事に戻りたいと思っています。仕事は大事。たいして収入を得ることのないささやかな仕事ですが、好きでやっている仕事ですし、実家、家族とは別の世界にも自分の場所があるって大事。自分の老後の資金のためにも大事。だから、仕事に戻りたいと思います。というか、必ず戻りますよ!

 街道ウォークにはいつ戻れるのだろう? 気長に待っていてくださると嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

まちなみウォッチ 島田→金谷

 「街道ウォーク 島田→金谷」のまちなみについて、レポートします。

 バイブルにしていますガイドブックのチェックポイントではなく、個人的に〈 ? !  (@_@。!! 〉と感じてパチリした写真をアップします。ゆる~くお付き合いください。

 

 島田駅に降りてまず目についた看板です。「島田市緑茶化計画」というキャッチコピーに魅かれて。富士山のふもとで、いろんな人たちがお茶を手におどったりしゃべったりしています。

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ところで「島田市緑茶化計画」とはなに? という疑問がふつふつと今になって沸いてきたので、島田市のHPから引用しますね。少々長いですがご容赦ください。

特徴ある茶葉を育て、加工し、市内や県内のみならず、全国的にもその品質を高く評価されている島田市のお茶。島田市では、この緑茶のイメージを活用したプロモーション施策として「島田市緑茶化計画」を進めています。島田市の個性や魅力をピックアップし、「島田市緑茶化計画」のロゴマークや、イメージカラー「緑茶グリーン」を使いながら、市外に向けて発信していこうという取り組みです。大井川に架かる世界一の木造歩道橋「蓬莱橋」をグリーンのLED照明でライトアップしたり、市役所前に緑茶色の郵便ポストを設置したりといった企画(緑茶化)が実施されています。また、大井川大花火大会や島田大祭などのイベントでも、グッズにロゴマークを使用しています。「緑茶化」の波は海外へも。2016年9月にフランス・パリで開かれた「茶とアートの芸術祭」では、市内にある「BAR misto」で考案した島田産緑茶を使ったカクテルが振る舞われ、参加者に好評をいただきました。
「島田市緑茶化計画」というメッセージや「緑茶グリーン」が、島田市やその周辺、さらには海外にも広がり、それを目にした人が島田市や島田市のお茶に興味や誇りを持つようになる。そんな輪が、これから大きく広がっていけばと思います。

 

 駅前でマンホールの蓋をパチリしました。島田市と言えば、やはり大井川の川越ですね!

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 何の変哲もない道のようですが、前方の山を、よーく目を凝らして見てください。

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 「茶」の文字が見えてきます。ビックリ!

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 島田市コミュニティバスのバス停、時刻表、路線図です。街道ウォークでは、なぜかコミュニティバスが気になってしまうんです・・・ 1時間に1本ですね。これは多いのか少ないのか?

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 川越遺跡の番宿が立ち並ぶ中にあったお団子屋さんです。お団子以外にも、コーヒーとか雑貨とか売っていました。江戸時代も、こんな感じで茶店があって、旅人が休んでいたのかもしれませんね。

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 こちらも番宿の間にあった不思議なお店です。着物を貸してくれるみたいです。

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 お店の入り口にアマビエ。現代版道祖神? 令和版お地蔵様? 「コロナ退散」 最近はもっぱらこれですね。

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 緑茶とか甘酒も売っているようですね。茶屋ではなくカフェだそうです。

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 大井川鉄道の線路を渡ります。私は、少しだけ「鉄子」かもしれません。鉄道の線路も、ついついパチリしたくなります。

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 反対方向もパチリ。

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 せっかく大井川鉄道の線路を渡ったので、街道を少しだけ逸れて新金谷駅まで行ってみました。

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 新金谷駅の前の物産センター的な施設です。大井川鉄道の車両が展示されていて、大井川鉄道関連のグッズやお土産も売られています。

 ベンチがたくさんあって、自由に休憩できるような広いスペースもあるのですが、コロナ禍のご時世で、座ることはできませんでした。

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 当分食事をできるようなお店はなさそうでしたので、こちらでお弁当を買って、新金谷駅の前のベンチで食べました。

 大人用の幕の内弁当のようなものもあったのですが、気分でこちらの子ども向けトーマス弁当にしました。懐かしい感じのお弁当でした。

 前回、唐揚げ弁当(普通盛という名の大盛)で凝りているので、今回は腹八分目で。

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 新金谷駅から旧街道に戻り、再び歩き始めます。

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 おやおや、出川哲郎さん?

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 「充電に寄ってください」という札が出ていました。いつ撮影があったのでしょうね? 充電に寄ってもらえたでしょうか?

 このお店の水色の立て看板の足元の青いじょうろのところに札が出ています。

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 最終地点のJR金谷駅のすぐ横にあるこの小さな小屋は、大井川鉄道の駅舎です。失礼ながら、ぱっと見、駅と思わなくて。「あら、駅だったの?」とビックリ(@_@。

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 駅前にあったこれまた小さな観光案内所。ガラガラと戸を開けると中は暖かく、パンフなど自由に持って行っていい資料がたくさん。無人ですが、気を使わないであれこれ手に取れてしまう良さも。金谷で降りたら、まず立ち寄るべし。

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 金谷駅です。静かな佇まい。ホームの裏は小高い丘になっていて、しっとりとした雰囲気の駅です。

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 帰りの電車を待っていると、貨物列車が入ってきたので、すかさずパチリしてしまいました。

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 おまけの話。

 前回、島田名物小饅頭を買いそびれた話をしましたね。買うには買ったのですが、慌てていて、老舗の清水屋本店ではなく、七丁目清水屋だったという・・・

 小さな町の和菓子屋さん・七丁目清水屋の小饅頭も大変美味しかったのですが、やはり本店のが気になりまして今回リベンジしました。本店は駅前通りにあります。島田駅に到着してまず買いました。老舗ということで入りにくいお店なのかなあと勝手に想像していたのですが、そんなことは全然なかったです。

 肝心の小饅頭ですが、七丁目清水屋のは普通にとても美味しいお饅頭で、これはたとえようもないお味のお饅頭でした。もっちり具合とか、その他もろもろの食感が、全然違いました。さすが老舗の味。

 それと、黒奴というお菓子も、とても美味しかったです。こしあんを羊羹でコーティングした他にない感じのお菓子です。あっという間に食べてしまいました。また食べたいなあ・・・

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 ここまでお付き合いくださいましてありがとうございました。

 

 次のウォークはいつになるのか・・・

 月に1回は出かけたいと思っているのですが、どうなることやら。

 コロナ終息を願うのみ。

 

第31回ウォーク 島田→金谷

  あけましておめでとうございますというには、1月はもう半ば。何ともお恥ずかしい限りの亀の歩みよりも遅いてくてくブログです。

 11月27日に歩いた「島田→金谷」について、今頃遅すぎの感がありますがレポートします。お付き合いください。

 この時期は、コロナの感染者が少なく、比較的出かけやすい雰囲気でした。今となっては、夢のような・・・

 

 島田駅舎2階から見下ろした駅前の様子です。空気は冷たいけれど快晴。今日もがんばって歩くゾー!!

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島田駅前ロータリー

 

明治の道標

 明治時代に設置された道標ということかしらん?

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明治の道標

 「西 大井川渡船場迄???」と刻まれているように見えます。

 

 

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 道標があった敷地の様子です。

西見附跡

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西見附跡

 大井神社の鳥居の向かいにある、一般の民家です。正面に説明板があります。

 

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 枡形の見附が設けられていたそうです。番人がいた記録はありません。あくまでも宿場の境界として設けられていたもので、大名行列など必要に応じてお役人さんがここに出向いてきて送り迎えをしたのではないか・・・というようなことが書かれています。

 

大井神社

 まずは鳥居を一枚。

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 鳥居を入ってすぐの参道です。両側の石垣に注目してください。 

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 この長い石垣は、大井川の川越しをする人たちが、仕事が終わった時に河原の石を一つ持ち帰ってここに寄って積み上げていったことでできました。きつい仕事が終わっても、もう一仕事。「どれだけ働かせるんじゃい!!」と言いたくもなるでしょうに・・・。

 説明板をアップします。

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 境内全景です。

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 本殿です。ちょうど七五三の参拝を受け付けていました。

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 ちょっと変わった銅像がありましたのでパチリしました。「島田の帯祭り」関連?

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 七五三参拝のお子さんと親御さん。どうぞお幸せに。

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 ちなみに大井神社は、大井川の水神を祀っている島田宿の鎮守です。

 

大善寺

 通りの向かいから見た大善寺。門の横に焔魔堂があります。

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大善寺

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 焔魔堂に近づいて1枚。ガラス戸からチラリと見えるのは仏像です。

 

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 五円を置いて、閻魔大王の札をいただきました。

 

 境内の様子です。右手に鐘楼が見えます。かつては時の鐘で、明け六つ(午前6時 日の出時刻)と暮れ六つ(午後六時 日の入り時刻)は、大井川の川越しの始まりと終わりを知らせる合図でもありました。鐘楼について、説明板をアップします。

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 鐘は第二次世界大戦で供出されてしまいました。現在の鐘は、昭和48年に作られたもので、毎月1日、15日、大晦日に撞かれています。

 

 大井川川越遺跡の案内表示の見えてきました。

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 道路脇には、こんな案内柱もあります。

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 左の道へ進みます。間違えないように。まっすぐ行きそうになるので注意。

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 まもなく、川越遺跡が見えてきます。道の奥の古い建物群、わかりますか?

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塚本家

 川越遺跡最初のチェックポイントは「塚本家」。九州肥前大村藩の専用休憩所です。

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塚本家

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 説明板です。身分の高い人が宿泊するための「上段の間」が残されているそうです。「上段の間」は、他の部屋より一段高く作ってある奥の部屋のことです。

 

 このあたりから、昔の風情の残る景色が続きます。街道ウォークの醍醐味です。

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番宿

 道沿いに、通し番号のつけられた番宿が立ち並びます。

 順番に見ていきましょう。

 

六番宿

 一般のお宅のようですね。外からのみの見学です。

 

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六番宿

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島田市博物館分館

 

明治33(1900)年に建てられた旧桜井邸で、海野光弘版画記念館となっています。今回は、中の見学はせず、先を急ぎます。

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島田市博物館分館

 

三番宿

川越人足が普段詰めていた待機所です。

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三番宿

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 中を見ることができます。川越人足がこちらを見ています! お邪魔します・・・

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 説明板をアップします。

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 川越人足は10組に分けられ、各組がひとつの番宿に詰めました。(なるほど・・・・ それで番号がついているんですね。さっきのは六番だったし。)

 各番宿には、五丁の連台(人を乗せて担ぐ台のことですね、きっと)が備えてあって、当番でないときも50人くらいの人足が詰めていたらしい・・・ということが書かれています。

 

荷縄屋

 荷崩れを直したり、荷物を括りつけたりをしてくれたところ。

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荷縄屋

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 わらじや笠も売っていたって。なにかと役に立つことをしてくれるところ。kioskかコンビニか・・・??

 

十番宿

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十番宿

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 説明板があったのでアップします。三番宿のと同じですが。

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 まったりお休み中の人足さんがいますね。

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 川越人足についての説明板です。

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 川越人足は、15歳以上50歳以下の屈強な男性がつとめました。大井川は水量が多く素人に務まるような仕事ではなく、12歳から見習いとして雑用や力仕事をしたうえで、川越人足になったのですって。

 

二番宿

 一般のお宅です。外観だけ撮影させていただきました。

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二番宿

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仲間の宿

 年をとった川越人足が集まった宿です。各番宿のまとめ役が集まって会合を開くのにも使われたそうです。

 OBが運営している集会所みたいな?

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仲間の宿

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 OBだけあって、の~んびりくつろいでいますねえ。

 

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 川越人足のOBは、「陸取り」(旅人案内人・川越仲介人)もやっていたんですね。観光案内の事務所みたいでもある?

 

立会宿跡

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立合宿跡

 跡なので、建物はありません。説明板も特になく、「立会所」とはどんなところか、ちょっとわかりませぬ・・・

 

札場

 川越人足が、一日の終わりに川札を現金に換えた場所です。

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札場

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 この日は、博物館の体験学習のイベントで、奥の部屋で「さきおり」をやっていた模様です。ふすまが閉まっていたので、中の様子はわかりませんが。

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 さきおり、かわいいですね。

 番宿は、これにて終わり。歩いてきた道を、振り返ってみましょう。

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秋葉神社

 見落としそうですが(実際、私も見落として、戻りました(-_-;) )、番宿の最初の方にあります。博物館分解の向かいです。

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秋葉神社

関川庵

 右手に案内柱が立っているので、この細道を入ってください。

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関川庵

 八百屋お七と恋仲だった吉三郎のお墓があるとのこと。吉三郎は諸国行脚の旅に出て、島田宿で没しました。

 

川会所跡

 安政3年(1865)築の建物です。

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川会所跡

 おばあさんたちが、日向で座っておしゃべり・・・ 現代の川会所の風景です。

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 敷地内に芭蕉の句碑があります。

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 馬方は しらじ時雨の 大井川

 

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島田大堤

 治水と灌漑用水路を兼ねていたそうです。 

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島田大堤

 説明板をアップします。

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 慶長の大洪水で押し流されてしまった島田宿。復興のために一大事業としてつくった大堤だったのですね。

 

八重枠稲荷神社

 昔、大井川が氾濫すると、八重に(幾重にも)枠を並べて堤防にしたところから「八重枠稲荷」というらしい・・・

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八重枠稲荷神社

 

 説明板をアップします。

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 川の氾濫で亡くなった方々の供養のために建てられた神社でもあるのですね。


せぎ跡

これはすごい! つくづく感心してしまいました。

 川が増水すると、厚い板を挟んで水をせき止めるつくりになっています。

 

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せぎ跡

 

 ここの切り込みに厚板の片方を挟みます。

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 こちら反対側。ここに厚板のもう片方の端を挟みます。

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 厚板を挟むところが、道の両脇にあります。道の先には大井川が。

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 まずここで止めて、次に八重枠で止めて、それから島田の大堤。

 昔の人の、必死な思いと、知恵の数々が結集されています。

 

朝顔の松

 朝顔の松の物語が伝わる公園です。

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朝顔の松公園

 

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 その名も、朝顔堂。

 

 朝顔の松の由来についての説明板をアップします。

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 朝顔の松の由来について、少々長くなりますが、これでもかいつまんで、書いておきますね。

 

 安芸の国の娘・深雪(みゆき)は、宮仕えの京都で阿曽次郎という青年と知り合い恋仲になります。国へ帰った深雪は、親が駒沢次郎左衛門という武士を婚約者に決めたと聞かされ、家出をしてしまいますが、この駒沢次郎左衛門は阿曽次郎のことでした。そうとは知らない深雪は、朝顔という名の三味線引きになって諸国を放浪するうちに目が見えなくなってしまいます。

 そんなある日、島田宿で客から声をかけられ座敷に呼ばれましたが、この客は偶然にも阿曽次郎でした。阿曽次郎は先を急いでいたので深雪とは気づかず、深雪も目が見えなかったので気が付きませんでした。後になって阿曽次郎だったと知った深雪は、後を追いましたが大井川が増水し、川越ができませんでした。悲嘆にくれた深雪は川に身を投げましたが、宿屋の主人が川に飛び込んで助けます。宿屋の主人の献身的な行為のおかげで目が見えるようになった深雪。目を開けて最初に見えたのは、ここの松でした・・・

 

 朝顔の松公園を過ぎ、右手に島田市博物館が見えてきます。

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 大きな博物館です。川越についての展示もあるようですが、先を急ぎます。



大井川川越し

 博物館前にあった、川越の碑です。浮世絵が、昔の川越をリアルに表現していますね。

 手前は、連座を担いでいる川越し人足。

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 いよいよ大井川です。

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 こちらが、安藤広重の「東海道五十三次」嶋田宿の川越の画です。

 現代では、まっすぐ行って川越をするのではなく、迂回して橋を渡ります。

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 渡り始めです。それにしても、長いですね。先がどこまでもどこまでもあって、全然見えません。

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 さぞかし大きな川だろうと想像していましたが、水量は拍子抜けするくらい少ないです。

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 中ほどに、かろうじてこの程度の水量がありました。

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 水量は少なかったけれど、本当に長い長い橋でした。風も強くて、渡るのに10分以上かかったような・・・ 大井川のすごさは、よくわかりました。ふうぅ・・ やっと着いた。

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 橋を渡り終えましたら、左へ川沿いに進みます。


 右へ曲がる道が、旧街道です。表示が出ています。

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金谷宿川越し場跡

 島田宿側の川越遺跡は、これでもかこれでもかというくらい充実していましたが、こちらはほとんど残っていません。この小さな公園くらいですかね。

 公園内に、仲田源蔵の像があります。架橋により職を失った川越人足に、職業をあっせんしたりして困窮を救った人です。

 いつの時代にも、志の立派な方がいるのですね。

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 こちらが、仲田源蔵像です。

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 次のチェックポイント・日本左衛門首塚へは、この「東町中」のバス停を左へ。細道なので「え?」と不安に思うかもしれないけれど、大丈夫です。(「え?」と異を唱えたのは街道ウォークの相棒にしてオットの「くろやぎ」ですが、かまわずずんずん進んだ次第です。)

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日本左衛門首塚

 首塚のある宅円庵です。

 

 

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 日本左衛門とは??? という疑問が浮かびますね。読みにくいですが、説明板をアップします。

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 日本左衛門は、遠州の生まれではないかと言われています。

 歌舞伎の「白浪五人男」の日本歌右衛門のモデルにもなっています。

 義賊といって、盗みはするが非道なことはしない盗賊で、金持ちから巻き上げて貧乏人にばらまくという所業をしておりました。処刑された後、その首を金谷宿の愛人であった「おまん」が盗み出して、ここに密かに葬りました。

 

 宅円庵の説明板もアップしておきますね。とても読みにくいですけれど。慶安4年の開創だと書いてあります。

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 宅円庵に行くために街道をそれていましたが、元に戻ります。

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 何やら説明板がありましたので、近づいてパチリしてみました。

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 江戸時代に建てられた旧家・加藤家が、つい最近まで残っていたのですね。復元を目指しているとのこと。ぜひお願いします。


 これより「秋葉神社」なるものが、バイブルにしているガイドブック『ちゃんと歩ける東海道五十三次』(八木牧夫 山と渓谷社)に3つ連続でチェックポイントとして地図上に示されています。

 「一つくらいは、まちがいじゃないのか?」「一個多く載せているに違いない。」としきりに失礼なことを言う「くろやぎ」でしたが、ちゃーんと3つありましたよ。

 順番にアップしますね。

 

秋葉神社

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秋葉神社

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秋葉神社

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秋葉神社



 

秋葉神社

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秋葉神社

 3つめの秋葉神社には、道程を示す石柱もありました。

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秋葉神社

「東海道金谷宿中町 江戸より53里 これより京都71里」ですって。最近立てられたものですが、里程がわかると感慨深いですね。それにしましても「江戸→京都」、まだ半分まで来ていないのですね。53と71ですって。

 

 宿場の中心に向かいます。

 

山田屋本陣跡

 空地のようなところに、説明板が立っています。

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山田屋本陣跡

 

 説明板に近づいてパチリします。

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 本陣は、大名など偉い方の休憩所&宿泊施設です。

 金谷宿の本陣は、最初は柏屋本陣と佐塚屋本陣の二軒で、この山田屋本陣は脇本陣でした。徳川の本陣は最初は柏屋でしたが、大井川の満水について浜松まで飛脚を飛ばして注進するのを怠ったために、山田屋に宿泊所が変更されました。その際、山田屋は本陣に格上げされたようです・・・といったことが書かれています。


佐塚屋本陣跡

 本陣は「佐塚書店」になっています。なんかカッコいいな。

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佐塚屋本陣跡

 説明板をアップします。

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 当初より、佐塚佐次右衛門が勤めました。

 門の屋根には対の鯱があったので「鯱の御殿」と呼ばれていたのですって。立派な門でしょうね。見てみたいなあ・・・

 

柏屋本陣跡

 跡地は、JA大井川になっています。広い敷地。さすが一番本陣。

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柏屋本陣跡

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 説明板をアップします。

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 代々「河村八郎左衛門」名乗る家で、本陣と名主を務めていました。

 表間口19間5尺(佐塚屋の表間口は13間、山田屋は6間と説明板に書いてありましたから、それだけでも、とても大きいことがわかりますね。)で、尾張徳川家・紀伊徳川家の定宿でした。

 嘉永7年(1854)の大火で焼失し本陣を廃業しています。

 

角屋脇本陣跡

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 説明板をアップします。脇本陣は、本陣の予備的な立ち位置です。参勤交代などで、二つの家が鉢合わせた場合は、格式が下の家が先に本陣にいたとしても、脇本陣に退いて譲りました。浅田次郎さんの小説『一路』の世界ですね!

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 この辺りの街道の様子を1枚・・・

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お七里役所跡

 

 このチェックポイント、見つからなくて困りました。1回のウォークにだいたい1か所は、こういうことがありますが、今回はここでしたか・・・!

 ガックリしたものですが、最近はトランプのじじぬきの「じじ」がわかるみたいで、おもしろいかも。いや、そんなことはないですね。「くろやぎ」は不機嫌になって「見つからないものはどうしたって見つからないから、とっとと先へ進め」みたいなオーラを出すし。

 こういう時は、グーグル先生に聞くのがよろし。どなたかのブログを拝見して、かつて説明板があった場所の写真に写り込んでいる建物を発見。

 お七里役所跡、この駐車場ですね。できれば、説明板(バイブルには「ある」と書いてあります。)を残しておいていただきたいです。ぜひともよろしくです。

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 角度を変えてもう1枚。今後のウォーカーの方の参考になれば。

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定飛脚問屋跡

 江戸と京大坂間の民間飛脚屋で、月に三度往復したことから、三度飛脚と呼ばれました。

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定飛脚問屋跡

 説明板をアップします。

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 街道をてくてく歩きます。かつては往来が賑やかだったのでしょうが、静かです・・・ もうすぐ金谷駅。本日の街道ウォーク、終盤です。日暮れと競争の「走れメロス」状態にならずに済みそうで、よかったです。

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金谷の一里塚跡

 土手の上が金谷駅のホーム。一里塚の説明板は、この写真ではわかりにくいですがガード下手前にあります。

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金谷の一里塚

 

 説明板が立っているのがわかりますか?

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長光寺

 ガード下をくぐり、石段を上がりますと長光寺です。

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 石段上から、金谷の駅方向を見下ろしたところ。

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 長光寺本殿です。

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 このお寺がチェックポイントなのは、境内にこの芭蕉の句碑があるからでしょう・・・

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 「道のべの 木槿は馬に 食われけり」という句です。

 

秋葉山常夜燈

 

 本日最後のチェックポイントです。

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 チェックポイントではありませんが、おまけ。不動橋です。西入口土橋と呼ばれ金谷宿の京(西)口でした。

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 説明板があったのでアップします。

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 坂を下ってきた大名行列は、北側にあった休み茶屋(たばこ屋善五郎)で休息し、身なりや隊列を整えてから、整然と宿場に入ったのだそうです。まさに『一路』だなあ・・・ 目に見えるようです。こういうのを想像するのが好きで、街道ウォーク

がやめられません。

 

 JR金谷駅に到着しました。江戸時代の旅人ではありませんので、ここから電車で帰ります。

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 駅前ロータリーです。山が迫っているこじんまりしたロータリーですね。

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 ここまでお付き合いくださりありがとうございます。
 今回のウォークは、実施後なかなかブログを書かなくて・・・。年末年始を挟み、記憶を掘り起こし・・・。帰ってきたら間を置かず書くべしと反省しています。次回はもっと早く書きますね。

 

 近日中(たぶん)に「まちなみウォッチ」をアップします。またよろしくお願いいたします。