てくてくわくわく 街道ウォーク

週末の東海道てくてく歩きのブログです!

第28回ウォーク 丸子→岡部①

 お久しぶりです。

 そしてこれまた大変久しぶりに(なんと、7か月ぶり!)に街道ウォークをしてきました。日々の雑事に取り紛れ、歩いた日から3週間近く経過してしまいましたが、記憶をたどりながら、書いていきます。お付き合いください。

 

 9月21日(月)敬老の日、午前9時に静岡駅に到着しました。9月の四連休、前半は晴れが期待できませんでしたが、この日はお天気が快復し、ウォーク日和でありました。

 

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 丸子宿へ行くバス乗り場です。9時18分の藤枝駅行きに乗りました。バスの車中では、車窓を眺め、前回のウォークを懐かしく思い出しました。「あ、ここ、通ったなあ・・・」「トラヤのおばちゃんや、ネーブルのおばちゃんは元気かなあ・・・」などなど。

 

 「丸子橋」に下車。とろろ汁の「丁子屋」です。

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 こちら2月の写真。冬なのに、こっちの方が明るいですね・・・ 日差しの温かい日でした。

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 あの時は、河津桜が咲いていましたが

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 このようになっておりました。

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 まだあの頃は、コロナでここまで影響を受けるとは想像していなかったし、マスクが売りきれてるとか、なんだかんだありましたけれど、どこかのん気でありました。今回は、GO Toキャンペーンも東京除外の時期でして、本当は時期尚早だったのかもしれません。ごめんなさい。

 

 前置はこのくらいにして、出発です。このウォークでは、バイブルにしていますガイドブック『ちゃんと歩ける東海道五十三次』(八木牧夫 山と渓谷社)で名所・旧跡としているところをチェックポイントとしてたどることにしています。なので、ブログ記事も、チェックポイントについて報告をします。

 ところで、『ちゃんと歩ける東海道五十三次』については、2019年3月に新版が出ていることに今回気が付きましたが、旅の計画段階では旧版を使っていましたので、記事も今回までは旧版を元に書きます。

 

1丸子宿高札緑地

  とろろ汁「丁子屋」の斜め向かいにあります。小さな緑地内に高札が復元されています。

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 高札についての説明板です。徳川五代将軍綱吉が建てたと推定されているそうです。259センチと大型で、全国的にも珍しいのだとか。

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 復元の高札の下に、現代語訳の説明板があります。これは親切でいいですネ。こちらは忠孝奨励御法度。

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 夫婦親類仲睦まじく、召使に情愛をかけ、贅沢はせず、盗みやけんか、人殺しはするな・・・ などと書いてあります。夫婦仲良くから人殺しまで、なんかギャップあり過ぎ? 当たり前と言えば当たり前?

 

 こちらは宿駅諸御法度。宿場についての決まり事です。不当にもうけるな、というようなことも書いてあります。これ大事。

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 こちらでは、毒薬や、偽造のお金はダメだと言ってます。そりゃそうでしょう! 当たり前だ。ということは、けんかや人殺しがちょくちょくあって、偽の薬やお金がありと普通に出回っていたってこと? おお、こわ・・。令和の人間でよかった。

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2地蔵祠

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 バイブルでチェックポイントとされている「地蔵祠」。しかし、中に地蔵は見えませんが???

 そしてなぜか「大日如来」の説明が。ウォーク開始早々、謎に包まれます。

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 ちなみに新版によれば、大峯山霊場碑と小社だそうです。謎がとけた。新版が出て、よかったですねー。

 

3大日如来道標

 ほどなく歩きますと、大日如来の道標があります。バイブルの位置情報とも合っていますので、間違いなさそう。道標はとても小さいので、見落としそうです。

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 これまた新版によれば、元宿山の中腹に真言仏教の中心仏である大日如来が祀られていて、これはそこへの道の入り口を示す道標なんだそうです。ああもう、新版を見ながらブログを書いた方が早いな!

 

4観音堂

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 チェックポイントになっている二軒家公民館&観音堂 こちらのようですね。

5誓願寺

 立派な山門のお寺です。そもそもは、源頼朝が父母の供養のために建てたお寺ですが、徳川家康と豊臣家との「鐘銘事件」で知られています。

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 方広寺鐘銘事件とは・・・

 秀吉没後、豊臣家が京都の方広寺に寄贈した鐘に「国家安泰」の文字が刻まれていたことが家康の怒りを買い(家康の名前を分断しているということで)、その弁明に豊臣側の家臣、片桐且元が出向いてきたときに、ここに滞在しました。

 結果、弁明は失敗に終わり(家康はわざといちゃもんをつけて大坂夏の陣のきっかけにしたのでしょうね。さすがタヌキ家康)、且元は淀君の怒りを買い失脚。且元は夏の陣では徳川側についたのでした。そんな且元夫婦のお墓が、このお寺にあります。

 

 とまあこのように有名な誓願寺ですが、山門脇にこのような祠もありました。

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 山門を入りますと、静かで落ち着いた参道の向こうに本堂が。

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 なぜか目立つ達磨像。説明を見ますと、古い由来のものではなかったのですが、なんだかいい話だったので、そのままアップいたします。

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 足元にほっこり。渋いながら、どこか和む境内です。

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 本堂はこちら。

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 片桐且元夫婦のお墓も、ちゃんと見つかりました。案内を出してくださっていると、ありがたいですよね。

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 誓願寺近くの自治会の案内板。そうそう、誓願寺境内の池は、モリアオガエルの繁殖でも有名で、そのことにも触れられています。

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 誓願寺から再び街道に戻ります。

 実は、ここで道を間違えました。旧道への入り方が、少々わかりにくいのです。下の写真のように国道1号線のすぐ横に並行している道を行けば正解です。

 

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 90度間違えて南下しているときに、前方から街道を歩いているという男性が戻って来られて、「この道は違うと思う」と教えてくださいました。この男性が手に持っているガイドブックがバイブルと同じだと私は単純に喜んだのですが、同行人のクロヤギ(夫でもある)が、記述量が我々のと比べて格段に多いと感じたんだそうです。帰宅してからネットで調べて新版が出ていることに気が付いた・・・というわけです。私は、ちっとも気が付きませんでしたよ。

 


6丸子紅茶

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f:id:kaz-mt-wisteria:20201004230149j:plain  日本紅茶発祥の地だそうで。紅茶など売っているのかなとちょっと期待してたけど、案内板のみでした。

 

7長源寺

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 明治初期、中国や印度に渡り紅茶を研究し、茶の木を持ち帰り植栽した多田元吉のお墓があります。

 ・・・ということですが、お墓の場所はわかりませんでした。

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 国道1号線と合流します。立派な松の木は、新版に「なごり松」と記載されていました。

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 国道を渡り、「丸玄工房」が見えたら左の道を進みます。

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 これより先、特にチェックポイントはありません。ひたすら国道をてくてく歩くのみ。

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 トンネルの手前を右折します。

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 ちなみにこの手前に道の駅があり、昼食にどうかと期待していたのですが道路を渡って少し戻らなければなりません。先を急ぐため断念しました。こちら側に飲食店や売店はありません。パーキングとトイレのみ。

8慶竜寺

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 十団子で知られる慶竜寺。8月の縁日に十団子を地蔵堂に備えれば道中安全と言われていたそう。詳しくは説明板をアップします。

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 昔むかし、宇津の谷に鬼が出るのに困っていたところ、旅の僧(実は地蔵菩薩)が鬼と対決して、「小さくなってわしの手のひらに乗ってみよ。」と言って、その通り小さい玉になった鬼を杖で突いて10粒にしてのみ込んでしまったそうな。

 ん、どこかで聞いたような話だな。あ、「三枚のお札」のラストみたい。

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 本堂、なかなか立派ですね。

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9お羽織屋

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 お羽織屋とは・・・

 秀吉が小田原攻めの時、宇津の谷に休憩しました。ここの当主が、轡を献上し、さらに戦に勝つように縁起の良い話をしたのを秀吉は大変喜び、帰りに立ち寄って羽織を与えました。家康もこの話を聞いて、ここの当主に茶碗を与えました。

 秀吉の羽織と家康の羽織。すごいお宝を所蔵している家なのです。

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 コロナの影響でしょうか。拝観は中止とのことでした。人の気配もなし。

 

 隣に明治天皇小休所の碑があります。

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 このあたり、なかなか雰囲気のある、静かな小道です。お羽織屋の先の階段を上り、左へ。(右方向に十割そばのお店があって、そちらへ行く車が多いのですが、つられないように。)

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 道なりに回り込みますと、宇津の谷の峠越えの表示が・・・。

 えーーーっ、ここを入るのー? とちょっと引いてしまいそうですが、旧道入り口とあるので行くしかありませんね。いやだなあ。薄暗くて、気持ち悪そう・・・ 半泣きで足を踏み入れました。

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 というわけで、これよりやや過酷な峠越えとなりましたので、ここでブログは一息いれます。続きは近々アップしますね。

 ここまでお読みくださりありがとうございました。またよろしくお願いいたします。

 

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