柚木→蒲原のウォーク後半です。
前半につきましては、こちらをご覧ください。
お昼のチャイムを聞きながら、岩淵一里塚近くの民俗資料館を後にします。
「そうか、お昼なんだなー、でもお昼ご飯にはまだ早いなー 」とチラリと思ったのですが、この日は実はお昼ご飯にはとうとうありつけませんでした。この時はまだ、そんなことはつゆとも知らず・・・
川坂観世音道標
一里塚を出発して最初のチェックッポイントの道標。「南無大悲観世音菩薩」と刻まれています。


こんな風に、ひっそりと・・・
常夜燈

バイブルのガイドブック(『ちゃんと歩ける東海道五十三次』(八木牧夫 山と渓谷社)には、「小さな秋葉山常夜燈」と説明されているけれど・・・ これ、小さいかなあ? べつに小さいとは思えないけれど・・・
常夜燈
「別に小さくなかったなあ」と言い合いながらくろやぎと歩いて行きますと・・・次の防災倉庫のところにあるという常夜燈を発見。あれ、今度は小さいぞ。

名探偵くろやぎの推理は、「ガイドブックが間違えてる。小さいのはこっちナノダ」
はい、私もそう思いました。
野田山実相寺寺標



聖徳太子、不動明王、弘法大師と刻まれています。
常夜燈
秋葉山常夜燈です。


安政五年の建立とバイブルには書いてあるけれど、よく見れば安政三年ですよね?
しっかり、マッキー! 注:マッキー=八木牧夫さん(バイブルにしているガイドブック『ちゃんと歩ける東海道五十三次』の著者)
宇多利神社社標
この道をまっすぐ行くと宇多利神社という神社があるのですね。とりあえず社標をチェックして先へ進みます。

常夜燈
常夜燈のほか、石碑も。

常夜燈に近づいてパチリしました。

秋葉山 宿内安全 と刻まれています。

春日大社
春日大社へ続く道です。道の先の左手に小さな赤い鳥居があり、その左側に白いお社があるのがわかるでしょうか?

鳥居とお社です。こじんまりした神社です。

明治天皇御駐車跡碑
跡を示す碑はなかったです。結構探してしまいました。ググってみたら、ある方のブログに碑の写真がアップされていて、背景なのからこの場所が特定されました。マップ上でもこの辺りですので、たぶんここで間違いないと思います。
碑はいずこへ?

このあとしばらくは、チェックポイントはありません。ただひたすら歩きました。そのうち小雨が降ってきました・・・
馬頭観音群
馬頭観音は、ちょっと見つけにくかったです。小雨の中だったので、焦っていたせいもありますが。長い下り坂の途中にあって、向かい側は光蓮寺になっています。この写真の石段を登った所に、馬頭観音群がありました。

こちらです。ちいさな馬頭観音群です。

光蓮寺
落ち着いた雰囲気のお寺でした。

小雨が気になるので、パチリしたら早々に次へ向かいました。

義経硯水の碑
バイブルでは場所がわかりにくかったのですが、現地に行けば案内表示があったので、大丈夫でした。一度県道に出て左へ曲がり歩きますと、左手に見えます。赤いダイハツの看板が目立つので目印になるかも。これは道路の反対側から撮影しました。車の通行量が多く要注意でした。

肝心の碑です。源義経が浄瑠璃姫への手紙をここの清水でしたためたそうです。

読みにくいですが、一応石碑の説明文をアップしておきます。

幸い、小雨は本降りにならず、上がりました。よかった\(^o^)/
一里塚跡
日本橋より38里目です。

当初の一里塚は元禄12年(1699)の津波で流出し、宿の移転とともにここに移されたものの、当時の面影はないそうです。でも、こうして赤い鳥居と祠があって、説明板も設置されていて、大事にされていて好感度100%です。


街道の左側に一里塚があるのが、おわかりいただけますか?
北條新三郎の墓
わかりやすい表示で、迷わずここまで来ることができました。ところで、北條新三郎さんて、どなた? チェックポイントなので、来たのですが?

看板の指示の通り曲がると、何やら長い細道。

さらに階段。大丈夫? 表示があるから間違いないのだけれど、ちょっと雰囲気コワイ。そりゃそうだ、お墓だもの・・・

着きました。説明板もありますね。


北條新三郎さんは蒲原城の城主で、武田軍の攻撃に遭い、お城から抜け出して常楽寺というお寺に逃れて、お寺に火をつけて自害したということです。武田信玄に攻められたのはかわいそうだけど、お寺に火をつけなくてもよかったんじゃないかしらん。常楽寺の所在は、今ではわからないんですって。
街道ウォークをやっているとこんな話、たくさん。
諏訪神社
そびえる石段にびっくり。ウォーク後半につき疲労が募ってきているも、力をふりしぼって上ります。

本殿です。

こんなに上ってきましたよ。それにしても急な階段ですね。お蔭で、見晴らしはいいです。

東木戸跡
東木戸跡には、案内板・説明板・道標と常夜燈があります。ちょっとしたコーナーになっています。これなら見落とさないですね。


宿の入り口を照らしていた常夜燈は、文政13年(1831)の建立。


「宿内安全」の文字が刻まれています。
木屋
街道を歩いて行きますと、様々な掲示物がある塀が。興味深く一つ一つ読んでいるうちに、ここがチェックポイントである「木屋」であることに気が付きました。
「木屋江戸資料館」は渡辺家の土蔵です。渡辺さんという個人のお宅がやっている資料館です。

こちら説明板です。

渡辺家は江戸時代の材木問屋さんで、天保9年に棟上した三階建ての土蔵は耐震性に優れた技法で建築されたもの。中には貴重な資料がたくさん納められているということですが、見学は「要予約」だったはず。外からパチリしていましたところ・・・
なんとナイスなタイミングで、中から女性の方(渡辺さん)が、見学の終わった方を見送られるために、出ていらっしゃいました。
「見学されますか?」と声をかけていただき、ありがたく中へ。
それから、たくさんたくさんお話を伺いました。長久保赤水という人が制作した大きな古地図が、壁にドーンと展示してあったのは圧巻でした。渡辺家ではたくさんの貴重な文献を持っていて、これを守り抜くために、津波にも地震にも強い土蔵を作ったのだそうです。ご先祖様のことを尊敬して熱く語るご子孫の方の姿が印象的でした。「文献はみんなの財産だから。災害の多いこの地でそれを守ることに賭けたうちのご先祖様ってすごいでしょ?」と。こんなふうに尊敬されるご先祖様って、すごい。
渡辺さん手作りの説明資料もたくさんありました。渡辺さんの情熱もご先祖様に負けてはいません。今回のウォーク、いい出会いができたなあと思いました。
お礼を言って土蔵を後にしました。写真は、渡辺さんが、土蔵を戸締りされるところ。この日はこれにて閉館。本当にラッキーでした。

竜雲寺
茄子屋騒動のお寺です。
茄子屋騒動とは、承応2年(1653)、宿内で薩摩藩行列に辱めを受けた高松藩の槍名人、大久保甚太夫が、茶屋茄子屋の辻で待ち伏せして遺恨を晴らしたということで、お墓と槍が残っているそう。
前置きが長くなりましたが、、この道を入ります。

本堂です。

肝心のお墓は見当たらなかったのですが、時間も押しているので先へ行きます。
正八幡神社


特に説明板はなっかたし、バイブルにのコメントなしなのですが、こんな場所でした。
東潮寺
こちらの細道を入ります。茄子屋騒動の竜雲寺といい、このお寺といい、石柱が立っているのでわかりやすいです。江戸時代の人もこれを見て、歩いたんですよね。

ところで、またまた重大な誤植発見!
バイブル『ちゃんと歩ける東海道五十三次』(八木牧夫 山と渓谷社)には東潮寺と書いてあるけれど、そうではなくて東漸寺。

バイブルに記載されている説明と、この説明板の説明は一致。異なるのはお寺の名前だけ。よって、やっぱり誤植。しっかり、マッキー!

間違いをあげつらうのもよくないのでこのくらいにして、こちら本堂です。

あの渡辺さんゆかりのもの発見。法華経への信心が篤いご先祖様だったのですね。


なまこ壁の旧商家
蒲原宿の街道沿い、古い建造物がたくさんあるようです。その最初のものがこちら。白黒のコントラストの「なまこ壁」がひときわ目立ちます。

「塗り家造り」で、防火効果が高いのだそうです。お城に使われる工法で、商家には珍しい贅沢普請。

現在、子ども避難所として使われているのですね。


結構な奥行きです。立派な建物ですね。
八坂神社
塗り壁造りの脇に鳥居がありました。至近距離で、却って見落としそう。気が付いてよかった。

参道の先にもうひとつ鳥居。そして社殿。


この神社、バリアフリーになっていました。境内の中で、微妙な段差がある所は板を渡してあります。歩行用と車いす用という念の入れように脱帽。

社殿から境内へ降りるためにも、石段とは別に、このようにスロープが設置されています。

トイレも完備。車いすで入れる広いトイレも、ちゃんとありました。すばらしい。

馬頭観音
問屋場跡、見つけるのに少々手間取りました。バイブルには「望月米穀」とあったので、お米屋さんの看板を探して歩いていたのですが見つからず。夕方になり、くろやぎ(同行者・夫)はエネルギー切れ。仕方がないので、ひとりで頑張りました。
お米屋さんの倉庫や敷物があったので近づいてみると・・・ビンゴでした!



ちゃんと、説明板もありました。しかもとても丁寧な説明。馬頭観音のことがよくわかりました。
伝馬や宿駅に使う馬を飼う家が並んでいたのですね。平成10年に発見されたとはびっくり。

お店に2階に写真ギャラリーもあるそうですよ。渡辺家といい望月さんといい、地元の人が頑張っている。

問屋場跡
問屋場跡は、説明板が1つで、それとわかりました。


広重絵碑
立派な碑ですね。ちょっとした小公園。

ただし、雪景色の蒲原宿の画は、雪の降らないこの地の実情とは合致せず、広重さんのフィクションだと言われています。絵の場所も特定できないです。いつものように、画の構図でパチリは断念。


説明板によれば、ここが「絵を描いたと思われる場所にほど近い」ということですが。
とにもかくにも、画の説明をアップします。

「蒲原夜之雪」は、「庄野の白雨」「亀山の雪晴れ」とともに「役者」と称され、中でも最高傑作なのですって。
本陣跡
やっと到着。最後のチェックポイントです。重厚感のある板塀が、いかにも本陣跡っぽい。

こちら、正面の様子。構えも立派。こんなに残っている本陣、珍しいのでは?

説明板、アップします。静岡市は、きちんと説明板が要所要所であるので、助かります。

JR新蒲原駅です。おなかぺこぺこ。実は、昼食を食べそびれています。街道沿いに食事処がなかったので。
駅前のガストの看板がこの上もなく魅力的でしたが、遅くなるので、まっすぐ帰ることにしました。時刻は16時52分。
コンビニでもあればおにぎりかなんか買ったんですけど、それもないので、駅前の自販機で、微糖の紅茶とアイスクリームを買いました。ちょっと寒い。


ここま読んでくださり、ありがとうございました。
長々お付き合いくださり、感謝です。
近々、柚木→蒲原のまちなみについてレポートします。また、立ち寄ってくださると嬉しいです。