11月25日(日)、街道ウォークを実施しました。前回の沼津→原では、たくさんの親切で優しい方々との出会いがあり、その好印象を胸に、西に向かいました。
前回の終着点、原駅です。前回同様、プラットホームから富士山の姿をパチリしました。雲はなく快晴。くっきりきれいな富士山を見ることができ、ラッキーです。
時刻は8時53分、今日も歩くぞー
西木戸(見附)跡
原宿は小さな宿場町で、当時の面影もほとんど残っていません。でも、こうしてきちんとモニュメントがあちらこちらにあるので、助かります。
旧街道と、西木戸(見附)跡のモニュメント。この静かな住宅街が、宿場町だったころの賑わいを想像するのも楽しいです。
原一本松の一里塚
一里塚跡のモニュメントも、さりげなく。一般のお宅の前にありました。
塚らしきものはありませんが、こんなふうに詳しい説明があるのが、嬉しかったです。説明をよく読むと、近くに「現存一里塚」というのがあるようで、この一里塚跡と何が違うのだろうととても気になったのですが、少し離れたところにあるようですので、残念でしたが先を急ぎました。くろやぎ(同行人&夫)も、「ここは先に行きたい」というオーラを出していましたし・・・ (これでも、結構、顔色を窺ってしまう私です。)
一里塚跡のある旧街道の風景。
要石神社・要石
要石神社は、旧街道からいったん離れ、東海道本線の踏切を渡って少し歩いたところにあります。松林の手前に入口があって、林の向こうは海です。
右側にあるのが、要石神社を示す石柱と、石碑です。
これですね。石柱と石碑。因みに、この石碑を建てるのに出資したのは、道路を挟んで向かい側の石材やさんです。
碑に近づいてパチリします。
どんな高波が来ても、そこで止まったという石。ここにはなくて、神社の氏子さんに守られているようでウね。(?)
松林の中に入っていきます。
馬頭観世音があるとバイブル(『ちゃんと歩ける東海道五十三次』八木牧夫 山と渓谷社)に書いてありますが、これかな?
海側に向かって立つ鳥居。もともとはここが入口で、参道だったのでは?
現在、社殿は残っていなくて土台が残るのみですが、なんとなく、風格のようなものを感じます。
来た道を戻り、再び踏切を渡って、旧街道へ。
浅間神社
浅間神社は、とても小さな神社です。
三社宮とも呼ばれています。石柱も「三社」。立て札には「浅間神社」と書いてあるのですが、見落としそうになるので要注意です。
説明板に近づいてパチリしました。アップします。この地の鎮守だったのですね。左側(西側)の社殿は末社・・・らしいです。
大通寺
立派な門構え・・・
本殿も大きくてシブイです。
バイブルには、五百羅漢像や百度石があると書いてありましたが、よくわからなかったです。このあたりですかね? 六地蔵の後方?
モチの木
バイブルには、チェックポイントとして、大通寺と道路を挟んで向かいに「モチの木」があるのですが、立て札などもないので特定できません。これかな? モチノキの葉っぱをくろやぎがスマホでググって、同じだと言っていました。
感覚派のくろやぎ、珍しく論理的。
浅間安鷹神社
浅間愛鷹神社鳥居です。
入り口に桃里改称の記念碑があります。桃里改称については前々回のブログでも紹介しましたが、こちらをどうぞ。
奥に見える赤い屋根の建物が、社殿です。
赤い屋根に白い壁。かわいいかも。
桜地蔵尊
桜地蔵尊への案内表示、助かりました。ここを曲がって、また線路を超します。
こちらが桜地蔵尊。線路わきの小さな敷地です。
道祖神(?)がたくさん。
敷地内の休憩スペース。ちょっと疲れて来ていたので、座って、チョコを食べました。手作りテーブル&長椅子、ありがとうございました。
植田三十郎墓
街道沿いに人里がないからと、徳川家康が奨励した開墾。この辺りは、新田がたくさんありますが、ここもその一つ。沼地だったので、困難を極め失敗に終わったとのこと。それでも功績をたたえ、こうしてお墓を建てたという説明になっていますね。
「それにしても家康、無理難題をふっかけたな。 ひどいもんだな。」と思ってしまった。権力者って、いつの時代も・・・
八幡宮
バイブルには、「参道横は児童公園になっている」と書いてありますが、ただの広場でした。何年か前は遊具があったのかもしれませんね。
今度は真白な社殿。さっきの浅間愛鷹神社はかわいかったけど、これはおしゃれ。雰囲気は似ている。
六王子神社
三股伝説の六王子神社です。
生贄になった巫女「おあじ」のことを嘆いて、浮島沼に身を投げた6人の巫女たちを祀っているという、かわいそうなような、こわいような言い伝えのある神社です。
気のせいか、参道も、ものものしい。尋常とは違う感じ?
かわそうなおあじさん、と思って歩いていたけれど、おあじさんは、ここではなくて鈴川の阿字神社に祀られているんだっけと、途中から気づきました。
六王子神社の三俣伝説については、前々回のブログで説明しているので、よかったらご参照ください。
参道横は、遊具が置いてあって、児童公園になっていました。バイブルには、触れられていなかったけれども。
六王子神社は、東田子の浦駅の本当に目の前にあります。今回、原→吉原と歩いたわけですが、その中間の駅です。なので、ブログもここで一息入れます。近日中に続きをアップしますので、また訪ねてくださると嬉しいです。
ここまでおつきあいくださり、ありがとうございました。