てくてくわくわく 街道ウォーク

週末の東海道てくてく歩きのブログです!

第19回 原→吉原②

 間もなくやってくる12月17日で、はてなブログプロを始めて1年になります。更新を忘れるとただのはてなになっちゃうの? にわかに心配になって、諸先輩方のブログをググってみたら、クレジットカード情報を登録しておけば、自動更新&自動引き落としになるようですね。

 1年前もクレジットカード払いにしたような気がするけど。念のため、カード情報を登録しておきましたよ。でも、何のカードを登録したとか、アカウント情報に反映されないんですね。確かめようがなくて不安なんですけど。大丈夫か?

 諸先輩方も、同様の指摘をされていました。はてなさん、改善してください。

 

 さてさて、いきなり街道ウォークとは関係ない話題で失礼しました。前回のアップより1週間も開けてしまいましたが、「東海道ウォーク 原→吉原」の後半です。

 

 東田子の浦駅前の六王子神社を後に、再び東海道をただひたすら、てくてく歩きます。今回の道は、まっすぐで本当に楽ですね。わかりやすいです。迷いようがない・・・

 

間宿柏原本陣跡

 茶屋本陣があった場所ですが、今では街道脇にポツンとさりげないモニュメントがあるのみ。

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 モニュメント表面の説明。往時のお店の賑わいが、伝わってきそう。今は、ごく普通の住宅が並んでいます。

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立圓寺

 尾張藩侍医柴田景浩が、このお寺から見える富士山が絶景であると、記念碑を建てました。記念碑の名前は、「望嶽の碑」といいます。

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 立派な本殿です。この向こうに大きな富士山が見えます。(この写真には写っていませんが)

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 こちらが例の望嶽の碑です。

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 碑に刻まれた文章の現代語訳。柴田景浩先生、本当に富士山が好きだったんですね。熱く深い思いがジンジン伝わってきます。

 願わくばこの地で死にたいが、そうもいかないからせめて髪の毛を埋めることで気持ちを表した。100年後に訪れた人に、この気持ちを伝えたい・・・

 みたいなことが書いてあります。あなたの思いはしっかと受け止めましたよ。柴田先生!

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 同じ境内にあるこちらは慰霊碑です。台風に遭遇し難破した貨物船に乗っていたインドネシア人の船員たち。1979年ですって。結構最近ですね。

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 赤いのは難破船の碇です。

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 傍らに詳しい説明の碑がありました。これを読むと、いきさつがよくわかります。

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 道路の向かいからパチリした山門です。立派ですね。富士山は、ちょうど本堂の裏です。

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男女双体道祖神

 道祖神があるとバイブル(『ちゃんと歩ける東海道五十三次』八木牧夫 山と渓谷社)に書いてありますが、ないですねえ・・・

 位置的には、たぶんほぼ間違いなくここ。移転したかな?

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秋葉常夜燈

 常夜灯は、バイブルでは京都に向かう左側にあるはずなのですが、これは右側にあったもの。左側には、それらしきものは見つかりませんでした。

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増田平四郎碑

 増田平四郎さん。原宿の住人で浮島沼干拓の排水路建設に尽力した人。慶応元年(1867)に完成しましたが、高波で崩壊。1969年に再建しました。

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 像の横を流れる「昭和放水路」です。

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 増田平四郎についての説明板です。27年間にも及んで何度も陳情していたのですね。最初の排水路は崩壊してしまったけれども、後の人が受け継ぎ、現在に至ります。私たちの生活は、先人の労苦の上に成り立っているわけです。感謝。

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沼田新田の一里塚

 ところで一里塚は? 増田平四郎の像にこんな説明が。

 

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 これが説明の載っている案内なのですが、塚らしきものはありませんね・・・

 ほら、こんもりしている土の上に木が1本みたいな、あれね。

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  どこがどこだと探していたら、このような石碑が。

 まあ、これでよしとしますか。

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手指し道標

 バイブルのチェックポイントになっていた「手差し道標」。

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 わりと最近の建立かな? 手の絵がイマドキっぽい。でも「村役場」とあるから、明治時代かしらん。建立年月日を確かめたかったけれど、見つからず。(読み取れず?)

 

淡島神社

 小さな赤い鳥居に、小さな赤い社殿。かわいいです。

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 鳥居の手前に道祖神があります。右隣奥は、米之宮神社です。

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 隣の米之宮神社の鳥居は大きいです。さらに、鳥居の隣には大きな建物があります。「田中町公会堂」です。

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 この建物は、津南避難ビルに指定されています。

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 建物裏の階段から上れます。「あ、でも、階段上のカギがかかっていたらどうするの?」と思ったら・・・

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 大丈夫。建物脇にちゃんとこのようなものが。さすが。すっかり感心してしまいました。

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 おおきな「津波ひなん施設マップ」掲示板もありました。人が集まるこの場所は、防災拠点になっているのですね。

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愛鷹神社

 なぜここがバイブルのチェックポイントなのか、よくわからないのですが・・・

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 バイブルによれば、常夜燈の奥に社殿があり(確かに)

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 境内の木々は、保存樹木だそうです。

 

 そして、道祖神があるそうです。(確かに)

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庚申堂

 この中にも、庚申塔が集められているのでしょうか。

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 ひとつひとつ飾ってあるお花がかわいいです。大事にされていることがよくわかって、いいですね。

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天文堀顕彰碑

 大野新田の高橋勇吉は、天保7年(1836)から14年間かけて、私財を投じて排水路を完成させました。勇吉さんは天文学に長けていたので、天文堀と呼ばれました。

 さっきのは増田平四郎さん、今度は高橋勇吉さんです。この辺りを歩いていると、こういう、個人の尽力による開墾とか排水路建設とかの話が多いですね。

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稲荷神社

 あやうく見落としそうになった稲荷神社。街道からちょっと中に入った小高い丘の上です。くろやぎ(同行人・夫)が気が付きました。くろやぎ、今回は終盤まで冴えているかも。

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 稲荷神社鳥居です。鳥居の奥におきつねさまが見えます。

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 こちらが本殿。

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 稲荷神社の丘の上から見た富士山。きれいな富士山に並んで、製紙工場の煙突。本日も工場操業中です。

 これも、日本の景色なのでありましょう・・・

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毘沙門天妙法寺

 ここのだるま市は、高崎、深大寺に並んで日本三大だるま市のひとつだそうです。この日は普通の日でしたので、境内は閑散としていました。

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 本殿は、なかなかゴージャスです。(彫り物が)

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 清水エスパルスを応援しているんだそうです! 御祈祷料を受け付けていました。へー

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 超特大絵馬に下がるたくさんの絵馬。

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愛鷹神社

 本日最後の目的地です。

 

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 神社がある丘の上から。

 富士山と、製紙工場の煙突と、さまざまな工業施設と・・・

 うーん・・・

 なんか複雑。これが日本の現実か。

 私たち、ティッシュはバンバン使うし、A4の紙に印刷するし。紙を使わない生活はあり得ない。それを作っているのはこういう工場。そしてこういう景色。

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 14時37分、JR吉原駅に着きました。実は、昼食がまだだったので、食事処を探したのですが全くありません。探しつつ一つ先のチェックポイントまで歩いてみました。

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馬頭観音

  ここまで来ましたが、食事処は皆無だったので引き返します。そもそも、街が街らしくない。お店も少なく、人もあまり歩いていません。がらんとした駅前。自転車置き場に、やけにたくさんの自転車。なじめない風景でした。

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 吉原駅に戻り、今回のウォークは終了としました。25972歩、5時間45分でした。

 大変遅い昼食は、沼津まで戻って済ませました。

 

 ここまで読んでくださりありがとうございました。

 なるべく近日中に、今回のまちなみの様子をアップします。また訪ねてくださると嬉しいです。

 

 

 


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