次回街道ウォークは、小田原宿を通って、箱根に向かいます。さて、どこまで行きましょう?
次の宿場は箱根だけど、四里八町(16.5㌔)は遠いな。箱根の山越え、なめるな。
箱根湯本まで? ガンガン行くならそれもありだけど、小田原は見所がたくさんあるので、もったいないかな?
とすると、入生田か、その手前の風祭か・・・ ちょっと悩んだけれど、駅前の「鈴廣かまぼこの里」でお買い物もできるということで、最終目的地を風祭に決定!
次回はのんびり歩こう。そうは言っても、寄り道し始めたらきりがないから、「基本、街道からははずれない」というマイルール(同行人のくろやぎもいるから、our ルール?)のもとでいこうと思います。
バイブル(『ちゃんと歩ける東海道五十三次』八木牧夫 山と渓谷社)に記載されているチェックポイントは・・・
- 片岡本陣跡
- 久保田本陣跡
- 清水彦十郎本陣跡
- 報徳二宮神社
- 天満宮
- 小田原駅跡
- 居神神社
- 光円寺
- 大久寺
- 上方見付跡
- 牛頭天王
- 栄善寺
- 古希庵
- 板橋地蔵尊
- 石仏石塔群
- 三界萬霊等
- 細川忠興陣所跡
- 日蓮上人霊跡・馬頭観世音
- 妙覚寺
- 八幡神社
- 道祖神
21個、少なめね。でも、このほかにもチェックしたいところがあるから、ちょうどいいかな。
小田原城、バイブルではチェックポイントになってるのですが、今回はパスしようかとどうか、考え中です。街道から外れるし、見始めると時間がかかりそう。行ったこともあるし。
さて、今回のチェックポイントで、特に気になるのは・・・
小田原駅跡
人車鉄道・軽便鉄道の小田原停車場跡だそうですが・・・人車鉄道ってなんだ?
小田原市のホームページに説明があったので引用させていただきます。
かつて、人間が客車を押すという世界的にも珍しい鉄道が、小田原~熱海間を走っていました。
明治28年7月に熱海~吉浜間で営業を開始し、翌29年3月に熱海~小田原間が開通しました。
当時、熱海は温泉宿約30軒ほどの保養地で、政財界の大物や文人が盛んに訪れていました。しかし、東京・横浜方面から熱海に至るには海沿いの険しい道(熱海街道)を歩くか、駕籠か人力車を利用していました。そこで、熱海の旅館業主を中心に地元有志や京浜の実業家等が小田原熱海間に鉄道計画を興し、経費も安価であったことから人車鉄道を建設しました。
豆相人車鉄道と呼ばれ、小田原熱海間25.6km。駕籠で約6時間かかっていたところを約4時間で走りました。
豆相人車鉄道は、1車両に客は平均6人、それを2~3人の車夫が押していました。6両編成で、小田原熱海間を日に約6往復し、急な上り坂になると、客も降りて一緒に押したというのどかな風景も見られました。雨宮敬次郎を社長とする豆相人車鉄道株式会社として事業に当たっていましたが、明治41年8月に軽便鉄道に転身し、約3時間の所要時間になりました。
しかし、大正12年に起きた関東大震災によって軌道は寸断され、復旧を断念。翌13年に鉄道事業の幕を閉じました。
ふむふむ、なーるほど。
現在は、石碑が立っているだけのようですね。芥川龍之介が、この人道鉄道を題材に「トロッコ」を書いたんだそうです。行く前に「トロッコ」読んでみよう。(中学生の頃読んだ気がするけれど、覚えてなくて)
報徳二宮神社
以前、小田原城を見学したとき、「なんかすぐそこに神社があるけど、これはいいや」とパスしてしまった報徳神社。(ゴメンナサイ) 今回、小田原と言えば金次郎さんということがよくわかったし、しっかりお参りさせていただきます。
「きんじろうカフェ」でコーヒーブレイクしちゃおうかな。
古希庵
山県有朋が明治40年(1907)、70歳の時に建てた別荘です。現在は保険会社の別荘になっています。毎週日曜日に庭園が一般公開されています。日曜日に行くかどうか。無理かな・・・ まあ、外観だけでも。
今回は、チェックポイントでないけれど気になるところが結構あります。さすが小田原ですね。見どころ多いです。
小田原は文学者のまちです。
お江戸ロマンからは少し外れますが、街道沿いにある文学者ゆかりの場所も、チェックしたいと思います。
小田原文学館・白秋童謡館
本館には小田原ゆかりの文学者の資料、別館の白秋童謡館には北原白秋の資料が展示されています。庭園の一角には、尾崎一雄の書斎が移築されています。
静山荘
北原白秋の勧めにより小田原に引っ越してきた谷崎潤一郎がかつて居住していた地。ここで、文壇では有名な、佐藤春夫との間の「細君譲渡事件」が起きました。
市内にはまだまだたくさん文学者ゆかりの場所があって、そういうの訪ねるのは好きなのですが、街道沿いに絞ります。文学散歩はいずれまた・・・
その他、気になるところ
清閑亭
黒田長成(元貴族院副議長)の別荘です。雁行状平面・数寄屋風とかいう丁寧な造りが特徴の純和風建築。歴史的価値が認められ、平成17年(2005)、国の登録有形文化財になりました。通り道だし、これを素通りする手はない。
小田原用水取入口
箱根芦ノ湖を源とする早川の水をこの地に取り入れ、旧東海道に沿って城下内に流した上水道の跡です。後北条時代に造られたもので、徳川家康が江戸のまちづくりの参考にしました。現在でも用水の取入口が残っているのがすごいです。
最後に、せっかく城下町を歩くのですから、古い町並みや建物もチェックしたいです!
株式会社ういろう
八棟造りの店構えが目立ちます。江戸時代の万能薬「ういろう」と、お菓子の「ういろう」のお店です。外郎博物館が併設されています。そもそも「ういろう」ってよくわからないので、見学してすっきりしたいです。
済生堂薬局小西本店
薬研(薬草を挽く道具ですね)や秤、昔のお店の写真などを展示しています。建物は、関東大震災で倒壊したものを大正年間に復元したものだそうです。石造りの薬種蔵のある純和風の木造建築です。
欄干橋ちん里う
明治初期の創業で、古い梅干しやいろいろな梅の種を展示しています。以前にも来たことがあるのですが、明治時代の梅干しが展示されていてびっくりしたことを思い出します。あのびっくりをもう一度。
下田豆腐店
箱根板橋の駅の近くにあるお豆腐屋さん。関東大震災後に建てられた出桁造り(だしげたづくり・なりわい交流館と同じですね)の建物が特徴です。
結構、見たいところがありますね。やっぱり小田原城は無理かな?
街道ウォークはじめての城下町。楽しみです!
江戸時代の人も、楽しみにしていたんでしょうね。
ここまで読んでくださりありがとうございました。また、訪ねて来てくださると嬉しいです。