てくてくわくわく 街道ウォーク

週末の東海道てくてく歩きのブログです!

第31回ウォーク 島田→金谷

  あけましておめでとうございますというには、1月はもう半ば。何ともお恥ずかしい限りの亀の歩みよりも遅いてくてくブログです。

 11月27日に歩いた「島田→金谷」について、今頃遅すぎの感がありますがレポートします。お付き合いください。

 この時期は、コロナの感染者が少なく、比較的出かけやすい雰囲気でした。今となっては、夢のような・・・

 

 島田駅舎2階から見下ろした駅前の様子です。空気は冷たいけれど快晴。今日もがんばって歩くゾー!!

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島田駅前ロータリー

 

明治の道標

 明治時代に設置された道標ということかしらん?

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明治の道標

 「西 大井川渡船場迄???」と刻まれているように見えます。

 

 

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 道標があった敷地の様子です。

西見附跡

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西見附跡

 大井神社の鳥居の向かいにある、一般の民家です。正面に説明板があります。

 

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 枡形の見附が設けられていたそうです。番人がいた記録はありません。あくまでも宿場の境界として設けられていたもので、大名行列など必要に応じてお役人さんがここに出向いてきて送り迎えをしたのではないか・・・というようなことが書かれています。

 

大井神社

 まずは鳥居を一枚。

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 鳥居を入ってすぐの参道です。両側の石垣に注目してください。 

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 この長い石垣は、大井川の川越しをする人たちが、仕事が終わった時に河原の石を一つ持ち帰ってここに寄って積み上げていったことでできました。きつい仕事が終わっても、もう一仕事。「どれだけ働かせるんじゃい!!」と言いたくもなるでしょうに・・・。

 説明板をアップします。

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 境内全景です。

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 本殿です。ちょうど七五三の参拝を受け付けていました。

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 ちょっと変わった銅像がありましたのでパチリしました。「島田の帯祭り」関連?

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 七五三参拝のお子さんと親御さん。どうぞお幸せに。

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 ちなみに大井神社は、大井川の水神を祀っている島田宿の鎮守です。

 

大善寺

 通りの向かいから見た大善寺。門の横に焔魔堂があります。

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大善寺

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 焔魔堂に近づいて1枚。ガラス戸からチラリと見えるのは仏像です。

 

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 五円を置いて、閻魔大王の札をいただきました。

 

 境内の様子です。右手に鐘楼が見えます。かつては時の鐘で、明け六つ(午前6時 日の出時刻)と暮れ六つ(午後六時 日の入り時刻)は、大井川の川越しの始まりと終わりを知らせる合図でもありました。鐘楼について、説明板をアップします。

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 鐘は第二次世界大戦で供出されてしまいました。現在の鐘は、昭和48年に作られたもので、毎月1日、15日、大晦日に撞かれています。

 

 大井川川越遺跡の案内表示の見えてきました。

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 道路脇には、こんな案内柱もあります。

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 左の道へ進みます。間違えないように。まっすぐ行きそうになるので注意。

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 まもなく、川越遺跡が見えてきます。道の奥の古い建物群、わかりますか?

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塚本家

 川越遺跡最初のチェックポイントは「塚本家」。九州肥前大村藩の専用休憩所です。

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塚本家

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 説明板です。身分の高い人が宿泊するための「上段の間」が残されているそうです。「上段の間」は、他の部屋より一段高く作ってある奥の部屋のことです。

 

 このあたりから、昔の風情の残る景色が続きます。街道ウォークの醍醐味です。

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番宿

 道沿いに、通し番号のつけられた番宿が立ち並びます。

 順番に見ていきましょう。

 

六番宿

 一般のお宅のようですね。外からのみの見学です。

 

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六番宿

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島田市博物館分館

 

明治33(1900)年に建てられた旧桜井邸で、海野光弘版画記念館となっています。今回は、中の見学はせず、先を急ぎます。

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島田市博物館分館

 

三番宿

川越人足が普段詰めていた待機所です。

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三番宿

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 中を見ることができます。川越人足がこちらを見ています! お邪魔します・・・

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 説明板をアップします。

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 川越人足は10組に分けられ、各組がひとつの番宿に詰めました。(なるほど・・・・ それで番号がついているんですね。さっきのは六番だったし。)

 各番宿には、五丁の連台(人を乗せて担ぐ台のことですね、きっと)が備えてあって、当番でないときも50人くらいの人足が詰めていたらしい・・・ということが書かれています。

 

荷縄屋

 荷崩れを直したり、荷物を括りつけたりをしてくれたところ。

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荷縄屋

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 わらじや笠も売っていたって。なにかと役に立つことをしてくれるところ。kioskかコンビニか・・・??

 

十番宿

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十番宿

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 説明板があったのでアップします。三番宿のと同じですが。

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 まったりお休み中の人足さんがいますね。

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 川越人足についての説明板です。

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 川越人足は、15歳以上50歳以下の屈強な男性がつとめました。大井川は水量が多く素人に務まるような仕事ではなく、12歳から見習いとして雑用や力仕事をしたうえで、川越人足になったのですって。

 

二番宿

 一般のお宅です。外観だけ撮影させていただきました。

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二番宿

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仲間の宿

 年をとった川越人足が集まった宿です。各番宿のまとめ役が集まって会合を開くのにも使われたそうです。

 OBが運営している集会所みたいな?

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仲間の宿

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 OBだけあって、の~んびりくつろいでいますねえ。

 

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 川越人足のOBは、「陸取り」(旅人案内人・川越仲介人)もやっていたんですね。観光案内の事務所みたいでもある?

 

立会宿跡

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立合宿跡

 跡なので、建物はありません。説明板も特になく、「立会所」とはどんなところか、ちょっとわかりませぬ・・・

 

札場

 川越人足が、一日の終わりに川札を現金に換えた場所です。

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札場

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 この日は、博物館の体験学習のイベントで、奥の部屋で「さきおり」をやっていた模様です。ふすまが閉まっていたので、中の様子はわかりませんが。

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 さきおり、かわいいですね。

 番宿は、これにて終わり。歩いてきた道を、振り返ってみましょう。

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秋葉神社

 見落としそうですが(実際、私も見落として、戻りました(-_-;) )、番宿の最初の方にあります。博物館分解の向かいです。

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秋葉神社

関川庵

 右手に案内柱が立っているので、この細道を入ってください。

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関川庵

 八百屋お七と恋仲だった吉三郎のお墓があるとのこと。吉三郎は諸国行脚の旅に出て、島田宿で没しました。

 

川会所跡

 安政3年(1865)築の建物です。

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川会所跡

 おばあさんたちが、日向で座っておしゃべり・・・ 現代の川会所の風景です。

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 敷地内に芭蕉の句碑があります。

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 馬方は しらじ時雨の 大井川

 

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島田大堤

 治水と灌漑用水路を兼ねていたそうです。 

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島田大堤

 説明板をアップします。

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 慶長の大洪水で押し流されてしまった島田宿。復興のために一大事業としてつくった大堤だったのですね。

 

八重枠稲荷神社

 昔、大井川が氾濫すると、八重に(幾重にも)枠を並べて堤防にしたところから「八重枠稲荷」というらしい・・・

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八重枠稲荷神社

 

 説明板をアップします。

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 川の氾濫で亡くなった方々の供養のために建てられた神社でもあるのですね。


せぎ跡

これはすごい! つくづく感心してしまいました。

 川が増水すると、厚い板を挟んで水をせき止めるつくりになっています。

 

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せぎ跡

 

 ここの切り込みに厚板の片方を挟みます。

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 こちら反対側。ここに厚板のもう片方の端を挟みます。

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 厚板を挟むところが、道の両脇にあります。道の先には大井川が。

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 まずここで止めて、次に八重枠で止めて、それから島田の大堤。

 昔の人の、必死な思いと、知恵の数々が結集されています。

 

朝顔の松

 朝顔の松の物語が伝わる公園です。

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朝顔の松公園

 

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 その名も、朝顔堂。

 

 朝顔の松の由来についての説明板をアップします。

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 朝顔の松の由来について、少々長くなりますが、これでもかいつまんで、書いておきますね。

 

 安芸の国の娘・深雪(みゆき)は、宮仕えの京都で阿曽次郎という青年と知り合い恋仲になります。国へ帰った深雪は、親が駒沢次郎左衛門という武士を婚約者に決めたと聞かされ、家出をしてしまいますが、この駒沢次郎左衛門は阿曽次郎のことでした。そうとは知らない深雪は、朝顔という名の三味線引きになって諸国を放浪するうちに目が見えなくなってしまいます。

 そんなある日、島田宿で客から声をかけられ座敷に呼ばれましたが、この客は偶然にも阿曽次郎でした。阿曽次郎は先を急いでいたので深雪とは気づかず、深雪も目が見えなかったので気が付きませんでした。後になって阿曽次郎だったと知った深雪は、後を追いましたが大井川が増水し、川越ができませんでした。悲嘆にくれた深雪は川に身を投げましたが、宿屋の主人が川に飛び込んで助けます。宿屋の主人の献身的な行為のおかげで目が見えるようになった深雪。目を開けて最初に見えたのは、ここの松でした・・・

 

 朝顔の松公園を過ぎ、右手に島田市博物館が見えてきます。

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 大きな博物館です。川越についての展示もあるようですが、先を急ぎます。



大井川川越し

 博物館前にあった、川越の碑です。浮世絵が、昔の川越をリアルに表現していますね。

 手前は、連座を担いでいる川越し人足。

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 いよいよ大井川です。

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 こちらが、安藤広重の「東海道五十三次」嶋田宿の川越の画です。

 現代では、まっすぐ行って川越をするのではなく、迂回して橋を渡ります。

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 渡り始めです。それにしても、長いですね。先がどこまでもどこまでもあって、全然見えません。

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 さぞかし大きな川だろうと想像していましたが、水量は拍子抜けするくらい少ないです。

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 中ほどに、かろうじてこの程度の水量がありました。

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 水量は少なかったけれど、本当に長い長い橋でした。風も強くて、渡るのに10分以上かかったような・・・ 大井川のすごさは、よくわかりました。ふうぅ・・ やっと着いた。

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 橋を渡り終えましたら、左へ川沿いに進みます。


 右へ曲がる道が、旧街道です。表示が出ています。

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金谷宿川越し場跡

 島田宿側の川越遺跡は、これでもかこれでもかというくらい充実していましたが、こちらはほとんど残っていません。この小さな公園くらいですかね。

 公園内に、仲田源蔵の像があります。架橋により職を失った川越人足に、職業をあっせんしたりして困窮を救った人です。

 いつの時代にも、志の立派な方がいるのですね。

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 こちらが、仲田源蔵像です。

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 次のチェックポイント・日本左衛門首塚へは、この「東町中」のバス停を左へ。細道なので「え?」と不安に思うかもしれないけれど、大丈夫です。(「え?」と異を唱えたのは街道ウォークの相棒にしてオットの「くろやぎ」ですが、かまわずずんずん進んだ次第です。)

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日本左衛門首塚

 首塚のある宅円庵です。

 

 

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 日本左衛門とは??? という疑問が浮かびますね。読みにくいですが、説明板をアップします。

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 日本左衛門は、遠州の生まれではないかと言われています。

 歌舞伎の「白浪五人男」の日本歌右衛門のモデルにもなっています。

 義賊といって、盗みはするが非道なことはしない盗賊で、金持ちから巻き上げて貧乏人にばらまくという所業をしておりました。処刑された後、その首を金谷宿の愛人であった「おまん」が盗み出して、ここに密かに葬りました。

 

 宅円庵の説明板もアップしておきますね。とても読みにくいですけれど。慶安4年の開創だと書いてあります。

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 宅円庵に行くために街道をそれていましたが、元に戻ります。

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 何やら説明板がありましたので、近づいてパチリしてみました。

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 江戸時代に建てられた旧家・加藤家が、つい最近まで残っていたのですね。復元を目指しているとのこと。ぜひお願いします。


 これより「秋葉神社」なるものが、バイブルにしているガイドブック『ちゃんと歩ける東海道五十三次』(八木牧夫 山と渓谷社)に3つ連続でチェックポイントとして地図上に示されています。

 「一つくらいは、まちがいじゃないのか?」「一個多く載せているに違いない。」としきりに失礼なことを言う「くろやぎ」でしたが、ちゃーんと3つありましたよ。

 順番にアップしますね。

 

秋葉神社

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秋葉神社

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秋葉神社

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秋葉神社



 

秋葉神社

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秋葉神社

 3つめの秋葉神社には、道程を示す石柱もありました。

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秋葉神社

「東海道金谷宿中町 江戸より53里 これより京都71里」ですって。最近立てられたものですが、里程がわかると感慨深いですね。それにしましても「江戸→京都」、まだ半分まで来ていないのですね。53と71ですって。

 

 宿場の中心に向かいます。

 

山田屋本陣跡

 空地のようなところに、説明板が立っています。

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山田屋本陣跡

 

 説明板に近づいてパチリします。

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 本陣は、大名など偉い方の休憩所&宿泊施設です。

 金谷宿の本陣は、最初は柏屋本陣と佐塚屋本陣の二軒で、この山田屋本陣は脇本陣でした。徳川の本陣は最初は柏屋でしたが、大井川の満水について浜松まで飛脚を飛ばして注進するのを怠ったために、山田屋に宿泊所が変更されました。その際、山田屋は本陣に格上げされたようです・・・といったことが書かれています。


佐塚屋本陣跡

 本陣は「佐塚書店」になっています。なんかカッコいいな。

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佐塚屋本陣跡

 説明板をアップします。

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 当初より、佐塚佐次右衛門が勤めました。

 門の屋根には対の鯱があったので「鯱の御殿」と呼ばれていたのですって。立派な門でしょうね。見てみたいなあ・・・

 

柏屋本陣跡

 跡地は、JA大井川になっています。広い敷地。さすが一番本陣。

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柏屋本陣跡

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 説明板をアップします。

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 代々「河村八郎左衛門」名乗る家で、本陣と名主を務めていました。

 表間口19間5尺(佐塚屋の表間口は13間、山田屋は6間と説明板に書いてありましたから、それだけでも、とても大きいことがわかりますね。)で、尾張徳川家・紀伊徳川家の定宿でした。

 嘉永7年(1854)の大火で焼失し本陣を廃業しています。

 

角屋脇本陣跡

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 説明板をアップします。脇本陣は、本陣の予備的な立ち位置です。参勤交代などで、二つの家が鉢合わせた場合は、格式が下の家が先に本陣にいたとしても、脇本陣に退いて譲りました。浅田次郎さんの小説『一路』の世界ですね!

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 この辺りの街道の様子を1枚・・・

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お七里役所跡

 

 このチェックポイント、見つからなくて困りました。1回のウォークにだいたい1か所は、こういうことがありますが、今回はここでしたか・・・!

 ガックリしたものですが、最近はトランプのじじぬきの「じじ」がわかるみたいで、おもしろいかも。いや、そんなことはないですね。「くろやぎ」は不機嫌になって「見つからないものはどうしたって見つからないから、とっとと先へ進め」みたいなオーラを出すし。

 こういう時は、グーグル先生に聞くのがよろし。どなたかのブログを拝見して、かつて説明板があった場所の写真に写り込んでいる建物を発見。

 お七里役所跡、この駐車場ですね。できれば、説明板(バイブルには「ある」と書いてあります。)を残しておいていただきたいです。ぜひともよろしくです。

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 角度を変えてもう1枚。今後のウォーカーの方の参考になれば。

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定飛脚問屋跡

 江戸と京大坂間の民間飛脚屋で、月に三度往復したことから、三度飛脚と呼ばれました。

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定飛脚問屋跡

 説明板をアップします。

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 街道をてくてく歩きます。かつては往来が賑やかだったのでしょうが、静かです・・・ もうすぐ金谷駅。本日の街道ウォーク、終盤です。日暮れと競争の「走れメロス」状態にならずに済みそうで、よかったです。

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金谷の一里塚跡

 土手の上が金谷駅のホーム。一里塚の説明板は、この写真ではわかりにくいですがガード下手前にあります。

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金谷の一里塚

 

 説明板が立っているのがわかりますか?

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長光寺

 ガード下をくぐり、石段を上がりますと長光寺です。

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 石段上から、金谷の駅方向を見下ろしたところ。

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 長光寺本殿です。

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 このお寺がチェックポイントなのは、境内にこの芭蕉の句碑があるからでしょう・・・

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 「道のべの 木槿は馬に 食われけり」という句です。

 

秋葉山常夜燈

 

 本日最後のチェックポイントです。

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 チェックポイントではありませんが、おまけ。不動橋です。西入口土橋と呼ばれ金谷宿の京(西)口でした。

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 説明板があったのでアップします。

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 坂を下ってきた大名行列は、北側にあった休み茶屋(たばこ屋善五郎)で休息し、身なりや隊列を整えてから、整然と宿場に入ったのだそうです。まさに『一路』だなあ・・・ 目に見えるようです。こういうのを想像するのが好きで、街道ウォーク

がやめられません。

 

 JR金谷駅に到着しました。江戸時代の旅人ではありませんので、ここから電車で帰ります。

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 駅前ロータリーです。山が迫っているこじんまりしたロータリーですね。

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 ここまでお付き合いくださりありがとうございます。
 今回のウォークは、実施後なかなかブログを書かなくて・・・。年末年始を挟み、記憶を掘り起こし・・・。帰ってきたら間を置かず書くべしと反省しています。次回はもっと早く書きますね。

 

 近日中(たぶん)に「まちなみウォッチ」をアップします。またよろしくお願いいたします。