休日のスタイルは晴歩雨読。晴れた日はてくてく歩き、雨が降ったら読書三昧。本当は、晴れた日の読書も好き。
今回紹介する本『解錠師』(スティーヴ・ハミルトン ハヤカワ・ミステリ文庫)は、2011年にアメリカ探偵作家クラブ賞と英国推理作家協会賞を受賞し、日本でも、宝島社の《このミステリーがすごい!》(2013年版 海外編)と2012年週刊文春ミステリーベスト10(海外部門)で、ともに第1位に輝いた話題作だそうです・・・
そうです・・・というのも、私はノーチェックだったものですから。本を手に取るまで知りませんでした。
この本を読んだのは、10代の若い友人が「ぜひ読んで! そして感想を聞かせて。」と言ったからです。
「どんな話?」(私)
「えーとねー・・・金庫破りの少年がいて・・・」(友人)
「あ、ちょっと待って、ネタバレはやだなー。これってハッピーエンドなの?」(私)
「それ言ったら。、ネタバレになっちゃうけど、えーと・・・。一言でいうと、最後にホンワカする。」(友人)
*この先、ネタバレはありません。安心してお読みください。
最後にホンワカね、という言葉を信じて読み始めたのですが、うーん、なかなか入り込めない。
「読んだ?」(友人)
「うぅぅ、まだ。ゴメン。」(私)
「早く、感想が聞きたいなあ。」(友人)
こんな状況が続いたのも、まず第一に、2つの時系列でストーリーが展開していたから。
舞台はアメリカのミシガン州。8歳の時にある出来事から声を失ってしまった17歳の少年・マイクが主人公です。周囲に溶け込めないマイクが心の平安を求めたのは、画を描くこと。彼は出来事をそのまま忠実に絵で再現することができました。しゃべれない代わりに絵筆で表現する才能に恵まれていたのです。もう一つ、マイクの心を虜にしたのは錠前。偶然、骨董屋で買った錠前をいじっているうちに、カチッとはまる手ごたえを感じた瞬間、マイクの運命が変わりました。錠前を愛した少年は、間もなく、様々なカギをあける術(解錠)を自分で身につけてしまったからです。
こうして二つの才能(画を書くことと解錠)にめざめて運命が変わっていくまでのいきさつ(1991年から1999年8月まで)と、その後の雇われ金庫破りになってからの1年間(1999年9月から2000年9月)を、マイク自身が交互に回想する構成になっていますが、それに慣れる(というか、理解する?)のに少々時間がかかりました。
なかなか読み進まなかったもう一つの理由は、不遇の少年の金庫破りという設定に、救いが見られなかったから。世間からドロップアウトし、大人に利用され、犯罪に手を染める。設定にも主人公にも、心を注ぐことができませんでした。
でも、本の半分を過ぎたころから、先が気になるようになりました。(最終章は夜中の2時までかかって一気に読みました!) 二つのストーリーの終着点は2000年の夏に向かってぴったり重なるようになっており、その流れに気が付く頃から面白くなりました。
ミステリーといっても、この本は犯人捜しがあるわけではありません。主人公は少年。ミステリアスな設定に、少年の独白が徐々に状況に光をあてます。こちらが謎を解くのではなく、マイクが(作者が)ストーリーのからくりを見せてくれる。私たちは完全に観客。これは解錠を披露されるのと同じです。解錠の披露とは以下のような場面です。
「お前、このカギをあけてみろ」と言われたマイクが開けて見せる。周りはただ見ているだけ。鮮やかな手さばきに感嘆するものの、手法はさっぱりわからない。
開けてみろと言われたときに開けなければ、自分は悪の世界に足を突っ込まなくても済んだ。解錠できるということを知られなければ、金庫破りに利用されることはなかった。やめておけというもう一人の自分の声が聞こえたが、開けずにはいられなかった。
あとでマイクはこのように回想していますが、この心理の説明は、マイクに解錠のさらなる高度な技術を教えた師匠の言葉につきます。
「お前は最後にカギを開けるだけだ。他の仕事はしなくていい。お前が主役なのだ。」(たぶんこんなニュアンス)
けれどマイクは主役だったわけではありません。容赦ない犯罪集団の中で、他に生きる術がなかったのです。
二つのストリーがぴったり重なる最終章が近づくにつれて、ああそうだったのかと、様々なことが解き明かされていき、こうなるとページをめくる手が止まりません。
残忍な描写もあるけれど、YA(ヤングアダルト)向きと言われながらもちょっと大人の描写もあるけれど、最終章は浄化されたような光がさします。それを若い友人は「ホンワカ」と表現したのでしょう。確かに、若い世代の心を捉える小説だと思います。
そして、若い世代でなくても、ピタリと錠前が合わさるような快感が味わえるこの本を、読んでみる価値はあると思います。一風変わったミステリーを体験したい方に、おすすめします。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
てくてく歩きながら、ときどき読書についても書きます。