晴れの日はてくてく歩き、雨の日は読書。晴歩雨読の休日スタイル。晴れの日の、陽の当たる部屋のコタツでの読書三昧も、至福の時間。
金曜日の夜、本の話題をアップしようかなと、考えています。(続くかどうか自信はありませんが・・・。)週末の読書にいかがですか?
記念すべき(?)第1回目は、『君たちはどう生きるか』あれこれ
昨秋、宮崎駿監督が、次のジブリの新作の題名は「君たちはどう生きるか」だと発表して以来、吉野源三郎氏による同名の本が脚光を浴びています。マガジンハウスからは、オリジナルの『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎・著)と同時に漫画版の『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎・原案/羽賀翔一・画)も発売されました。歴史的名著とのことですが、恥ずかしながら読んだことがなかったので、この機会に両方読んでみました。
まずは、オリジナル版から。
『君たちはどう生きるか』 吉野源三郎・著 マガジンハウス
この本のすごいところは、1937年に刊行されたという点だと思います。大正デモクラシーの名残の自由な雰囲気を残しつつも軍国主義へまっすぐに向かっていった時代。未来ある10代の若い子どもたちには正しい感性を失わないでいてほしいという願いを込めて書かれたというだけあって、ひとことひとことに、子どもたちへの著者の愛が感じられます。
冒頭のシーンを読んだとき、「あっ」と声をあげそうになりました。私には18歳違いの叔父(父の弟)がいますが、子どもの頃、随分かわいがってもらいました。その叔父が何かの話の折に、「デパートの屋上から見ると下を通る自動車がカブトムシみたいに小さく見えることがあって不思議な気持ちになるね。」と言ったことをなぜかはっきり覚えています。まさにこれと同様のくだりがコペル君と叔父さんの会話にもあったのでした。当時20代だった私の叔父もこの本を読んでいたのですね。ちなみに叔父は戦後生まれです。戦前に刊行された本が時代を超えて確かに読み継がれていたのだなあ、身近にもそういう人がひとりいたのだなあと、嬉しくなりました。
この本の山場は、コペル君が友だちとのことで悩む後半です。ネタバレになってはいけないので詳しくは書きませんが、コペル君の悲しみや苦しみの本質は、現代の子どもたちのそれと変わらず、大いに共感できることと思います。
続いて漫画版も読んでみました。
『君たちはどう生きるか』 吉野源三郎・原案/羽賀翔一・画 マガジンハウス
白状すると、オリジナル版の『君たちはどう生きるか』を、途中まで読んで挫折してしまったことがあります。哲学書みたいで頭に入ってこなかったのです。今回はなぜ、すんなり読めたのでしょうね? 不思議です。
で、オリジナル版にとっつきにくい人に、漫画版はどうでしょう?
確かに、さらさら読めます。肝心の「おじさんのノート」の部分は、漫画ではなくオリジナルの文章をそのまま載せているので、もとの雰囲気がちゃんと残っています。そうした点が、なかなかよいとは思うのですが、私はやはりオリジナル版を(オリジナル版も)読んでほしい。オリジナル版を読んでしまうと、漫画では「あれ?」とひっかかることがあるのです。
まず、今の子どもたちに受け入れられやすいことを念頭に置くと必然なのかもしれませんが、コペル君の言葉遣いが今風です。「〇〇しようぜ」とか。これがオリジナル版だと「君、〇〇したまえ」となるわけです。今の子は友だちに「したまえ」なんて言いませんものね。でもこの昔っぽい言い方が、この作品の世界に合っている気がするんです。
それから、コペル君とおじさんとの関係がフレンドリー。「まったくもう、叔父さんは~」みたいなやりとりもあるんですけど、オリジナル版ではあり得ません。コペル君は、叔父さんを全面的に尊敬していて、言葉遣いも、とても丁寧。昔の子どもにとって、大人とはこういう存在だったのでしょうね。今風にしたのもわかりますが、やはりもともとの作品世界を考えますと、残念。
もう一点、これは些細なことですが、コペル君たちが上級生に目をつけられる場面について。コペルくんたちとトラブルがあった同級生が、自分のお兄さんに仕返しをしてほしいと頼んだという話になっていますが、オリジナルでは、ただ「下級生のくせに生意気だ。気に入らない。」という理由にすぎません。あまりに理不尽な仕打ちになってしまうので話を変えたのかもしれなせんが、理不尽なままでよかったかも。違う話になってしまって、却って気になってしまいました。「こういうことじゃないんだけどなあ・・・」みたいな。
とまあこのように、現代の子どもにたちに受け入れられやすくするために、漫画にしただけでなく、作品世界にかかわる部分にも変更が加えられている点が、「工夫」ともいえるし、「残念」とも感じられます。私は、漫画だけでなくオリジナル版も読んで、1937年の時代を大いに感じることをお勧めします。あくまでも、私見ですが。
ついで『君たちはどう生きるか』に関連して、本を紹介します。
『僕は、そして僕たちはどう生きるか』 梨木果歩 理論社
吉野源三郎氏の『君たちはどう生きるか』を大いに意識した小説(中学生向け)。主人公の現代の少年が、現代社会(社会と言っても、学校とか友だちとかですが)をどう生きるかを考えています。主人公のあだ名は、コペル君。叔父さんも登場しますが、こちらの叔父さんは、ちょっと頼りない感じで、コペル君たちに突っ込まれっぱなし。脇役です。オリジナル版では叔父さんがコペル君を導いてくれましたが、こちらでは、コペル君とその友人たちが、「どう生きるか」を、自分のことや、自分たちのこととして主体的に考えます。たくましく、すがすがしさも感じさせるコペル君たち。現代の子どもたちも、なかなかいいですね!
『つむじ風食堂と僕』 吉田篤弘 筑摩書房
自分は将来どんな仕事をしたいのか悩む12歳の少年リツ君が、つむじ風食堂に来る大人たちに、仕事について尋ねます。様々な仕事観、人生観が語られていて、面白いです。
今の子どもたち、親や先生以外の大人と話すことが、もっとあっていいんじゃないかと思いました。
『21世紀に生きる君たちへ』 司馬遼太郎 朝日出版社
司馬遼太郎さん(1923~1996)が、小学校の教科書のために書き下ろした文章です。21世紀になって18年目を迎えても古びない司馬遼太郎さんの言葉に、アーサー・ビナードさんの英語の対訳がついています。
話が戻りますが、宮崎駿さんは、どんな「君たちはどう生きるか」を考えていらっしゃるのでしょうか。「思い出のマーニー」も「借りぐらしのアリエッティ」も、ベースになる作品がありながら、大いに創作が加えられていました。直近の作品「風立ちぬ」に至っては、ヒントを得てはいるものの、完全な宮崎駿さんのオリジナルで、メッセージがぎっしり詰まった作品になっていました。なんとなくですが、「君たちはどう生きるか」も、「風立ちぬ」のような渾身のオリジナル作品になるような気がします。とても楽しみにしています。