平津→大磯 街道ウォークの後半です。
高来神社を後に、再びてくてく歩き始めると・・・
- 虚空蔵堂
- 化粧井戸
- 化粧坂の一里塚
- 松林
- 江戸方見附跡
- 日枝神社
- 神明神社
- 延台寺
- 穐葉神社
- 北組問屋場
- 小島本陣跡
- 尾上本陣跡
- 地福寺
- 石井本陣跡
- 南組問屋場跡
- 新島襄終焉の地
- 高札場跡
- 湘南発祥之地碑
- 鴫立庵
虚空蔵堂
下馬標があったという虚空蔵堂。
絵を見て、しばし江戸時代にタイムスリップ。
大磯町が作ったこのイラスト入りの案内表示、この先たくさん見かけますが、イメージ出来て、とても良いと思いました。
化粧井戸
虎御前がお化粧をするのに使ったという井戸です。
化粧井戸から少し歩いたところにあった看板です。安藤広重の『東海道五十三次(保永堂版)大磯虎ヶ雨』です。この辺りが、画の風景になった場所ですよということでしょうが・・・ 実際にはもう少し先なのではないかと思います。理由は後程、書きます。
化粧坂の一里塚
化粧坂の途中に一里塚があります。ちなみに、「化粧」の読み方は、「けしょう」ではなく「けわい」です。
松林
化粧坂の松並木。進行方向は逆光でしたので、振り返ってパチリしました。
江戸方見附跡
見附は宿場の入り口のことです。ところで、先の広重さんの大磯の画ですが、画の中央に棒杭があります。これは宿場との堺を示す棒鼻です。つまり、ここ「江戸方見附」のあった所こそ、画の風景の場所なのではないかと思われます。
こちらが広重さんの『東海道五十三次(保永堂版)大磯虎ヶ雨』化粧坂が下りになり、宿場町に向かいます。左手前方には海が見えます。
画の構図にならって、パチリしてみました。いかがでしょう?
ゆるやかな下り坂。左手に海は見えませんが、確かに海の方向ではあります。右手立て札は、見附跡の説明板です。
各宿場の両端には、城門に似た「見附」が設けられており、一般的に江戸側の出入口にあるものを「江戸見附」、京都側にあるものを「京方見附」とか「上方見附」「京口見附」と呼んでいました。
日枝神社
境内に多数の庚申塔がありました。「青面金剛」との説明書きがありました。
神明神社
ピンクの紙灯篭に、目が引き寄せられてしまいました。初詣用、ですかね?
明治天皇が本陣に宿泊されたときに、御羽車をここ神明神社でお預かりしたとのことです。
延台寺
虎御前の「虎御石」があるという延台寺。
本堂では初だいもくの法要が行われていました。
こちらに、虎御石が納められているということです。毎年5月第四日曜日の虎御石まつりで、ご開帳されます。触ると安産などの御利益があるそうです。
隙間から、のぞいみました・・・
虎御石の説明です。ご参考までに。
穐葉神社
歩道に張り付いて見上げるような立地の小さなお社です。
北組問屋場
跡地は駐車場です。説明板しか残っていませんが、イラストから、往時の賑わいを想像してみました・・・
小島本陣跡
尾上本陣跡
古い建物の脇に、本陣跡を示す札が立っていました。
お蕎麦屋さんの看板がかかっていますが、現在営業している気配はありません。(帰って来てから食べログを見たら、閉店と書いてありました。)
地福寺
島崎藤村夫妻のお墓があることで知られるお寺です。
境内にたくさんの梅の木。満開の頃、来てみたいですね。
静子夫人のお墓です。
藤村のお墓です。
石井本陣跡
跡地には、老舗旅館「大内館」が建っています。左手の蔵がコーヒーショップになっているようでしたが・・・なんとなく敷居が高くてそそくさと退散。
南組問屋場跡
この裏に、「新島襄終焉の地」の碑があります。
新島襄終焉の地
同志社大学の前身の同志社英学校の開設者・新島襄が病に倒れて療養していた旅館「百足屋」のあった場所です。
南組問屋場跡と背中合わせになっています。
高札場跡
高札場跡の説明板は、個人のお宅の門の上方に掲げてありました。古い雰囲気のお宅のせいか、説明の札を見上げると、江戸時代の人になった気分?
湘南発祥之地碑
中国の湖南省洞庭湖のほとり湘江の南側を「湘南」といい、大磯の景色がそこに似ていたことから、この辺り一帯を「湘南」と呼ぶようになったという説明にびっくり。関東で生まれ育っていながら、全然知らなかったです。
鴫立庵
フェンスのオブジェがおもしろい。
この日最後のチェックポイントとなりました、鴫立庵へ。
鴫立庵には、町内の人100円、町外の人300円の入場料がかかります。受付の男性が、出て来てくださって、町外からというと、とても丁寧な説明をしてくださいました。
中の様子です。
芭蕉句碑です。本当にたくさんの句碑があったのですが、とてもたくさんなので割愛します。
館内の説明書きです。先ほどの男性の案内の方が、どうぞ写真に撮ってくださいといってくださいました。大変わかりやすい説明だと思いますので、そのまま載せさせていただきます。
出口のところにあったオブジェ。フェンスのデザインは、これだったのですね!
第15世庵主の原昔人が、病床の正岡子規に贈ったという自作の銅像だそうです。
振り返ってもう一枚パチリ。静かな佇まいです。俳諧道場として、今も定期的にここで集まりが持たれています。
この日の最終目的地、大磯駅に到着しました。
品川、川崎、東神奈川、保土ケ谷、戸塚、藤沢、茅ヶ崎、平塚・・・・
これまで到着した駅と比べて、格段にローカルな大磯駅です。
思えば遠くまで来たもんだ・・・
16時8分、平塚駅を出発してから6時間49分。21708歩でした。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
次回はまちなみに焦点を当てた、旅の報告をします。
また訪ねて来てくださると嬉しいです。