東海道のてくてく歩き、名所・旧跡をチェックしてパチリして、説明板を読んで「ふむふむそうだったのか」と感心して、わくわく感をブログにアップしてきましたが、ウォークを重ねるにつれ、もうひとつ関心事ができました。「まちなみ」ウォッチです。
名所・旧跡は、「跡」として示されている場合が大変多いです。時代が変われば、あるいは人の暮らしが変われば、街も変わるのは当然です。今どのような姿なのか、どのような形で昔の名残が残されているのか、そして街は今どのような変化の途中なのか、見ていきたいと思います。
といっても、堅苦しく構えずに、歩いたまま見たままの「いま」を切り取って、写真と共お伝えします。街道ウォークの延長で、お楽しみください。
10月8日(日) JR川崎駅前。雲一つない青空。お天気を味方につけて出発します!
小土呂橋から八丁畷駅へ向かう旧東海道は小川町本通りとなっています。日曜日の9時過ぎ、人影はまばらです。
松尾芭蕉の句碑は「芭蕉ポケットパーク」という小さな植栽スペースの中にあります。句碑の説明板の横に、こんな投句箱がありました。ナイスなアイディア!
投げ込み塚は八丁畷の駅にぴったり寄り添った位置にありました。竹の囲いで守られ、きちんと整備されていて、お花も上がっています。
投げ込み塚から振り返ると、「旧東海道」という大きな立派な表示が。川崎サイトシティーというマンションの敷地でした。
鶴見川橋。大きな立派なアーチの長い橋です。
鶴見川橋より京浜東北線・横須賀線の鉄橋を望む。右手に小さく森永製菓の工場があります。赤いМのマーク、見えますか?
ベルロード鶴見という商店街に入りました。「信楽茶屋跡」は、その名も「らーめん信楽茶屋」というラーメン屋さんでした。お店を見上げれば、看板の横に、信楽焼の大きな狸までいます・・・
平成13年(2001)まで残っていた大きな旧家・佐久間家の跡はマンションに。見上げると首が痛くなりそう。
マンションを道路の向かい側から見たところ。
咳の特効薬・苦楽丸を売っていた鶴居堂跡は、佐久間家跡と道路を挟んで向かい側。ここは不動産屋さんになっています。信楽茶屋といい佐久間家といい鶴居堂といい、「跡」ばかりですが、どこもきちんと説明板があってありがたかったです。説明板には、写真や絵図も載っていて、イマジネーションもかきたてられて、街道ウォーカーとしては満足です。
さぼてん茶屋の跡のパン屋さん。サボテンの鉢植えがおしゃれです! 江戸とパン屋さんが、不思議にマッチしています。
まだまだ先は長いのですが、前回同様、ここで一区切りといたします。明日は、商店街を抜けた先の国道駅から続けます。