てくてくわくわく 街道ウォーク

晴歩雨読。週末の東海道てくてく歩き&ときどき読書のブログです!

原宿ってどんなとこ?

 原宿は、本陣19軒、脇本陣1軒、旅籠屋25軒と少なく、東海道中最小の宿場でした。

 幕領で、韮山代官の江戸氏の支配所。宿高は1767石3升9合。天保14年の人口は1939人、家数は398軒です。原という地名は、浮島ヶ原に由来します。海辺なので漁業も盛んで、宿内には五十集(いさば)と称する者がいて、毎年9月から3月まで漁でとれた魚を往還で付け送り、将軍家の御納屋御用を務めました。

 

 沼津市から元吉原にかけての東海道は海岸線と千本松原に沿ってほぼ一直線で、原宿はそのほぼ中央に位置し、正に雄大な富士山裾野のど真ん中です。昔からこの辺りから見る富士の雄姿は最高ということで、広重さんもここを浮世絵に描いています。

f:id:kaz-mt-wisteria:20181006164921j:plain

 「朝之富士」という題名です。沼津は夕暮れ、原は朝なのね。沼津宿で一泊したのかな?

 画面上の方に走る一本の赤い線は朝焼け。女性の二人連れと挟箱を天秤棒に掛けて従う付きの男性。女性の牛歩一人(若い女性)は、煙草をふかしながら振り返っています。朝まだ早い時間の、のんびりした雰囲気が伝わってきます。

 この三人、画の中心のようでありながら、そうでもない・・・? 後ろの湿地の中の二羽の鶴に目が吸い寄せられてしまうのは、私だけではないはず。そして画面の上に突き抜ける富士山。左側の山は愛鷹山。広重さんが富士山にガッツリ向き合った、雄大な作品世界となっているのです。広重さん、ライバル北斎の「富嶽三十六景」を意識して、本気を出した作品とも言われています!

参考:『謎解きうきよえ叢書歌川広重東海道五十三次』(町田市国際版画美術館/二玄社)

 

 ところで、この浮世絵スポット、どこなんだろう?

 この湿地が浮島ヶ原だとすれば、お隣の富士市との境辺りに浮島という地名があります。狩野川西部浄化センターあたり? 街道ウォークのルートで言いますと、次回ではなく、原駅より先の「原一本松の一里塚跡」より北西が狩野川西部浄化センター、すなわち浮島ヶ原のあった辺りではないかと思われます。「原一本松の一里塚跡」、広重さんの画について、何か説明があるかもしれませんね。

 次の次の回の課題ということで、次回は考えなくてもよさそうです。

 

 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

 また訪ねてくださると嬉しいです。