てくてくわくわく 街道ウォーク

晴歩雨読。週末の東海道てくてく歩き&ときどき読書のブログです!

お雛様 ぎゅうぎゅう

今週のお題「ひな祭り」

 

 こんにちは。

 ひなまつり。これを語ると子どもの頃の様々な思い出がフラッシュバックします。母も、母の母も(私の祖母ですね)、ひな祭りを大変大切にしていて、私の実家では一大年中行事でした。しかし、今日は子どもの頃の思い出を語る気分にはなれません。さらりと、我が子のことを書こうと思います。お付き合いください。

 

 我が家には3歳違いの姉妹がいます。女の子が二人。こんなとき、皆さんはひな人形をどのように用意しますか?

 母の話を少しだけしますが、母の家は戦前、東京の割と裕福な家庭だったようです。雛人形は女の子の守り神様。だから一人の女の子に、一つの雛人形。母が子どもの頃、家のお座敷には母を含む3人姉妹の雛人形のほかに、お母さん(私の祖母ですね)とおばあさん(母の父の母 つまり私の曾祖母にあたる人)のと、全部で5つの雛段飾りが並んでいました。赤い毛氈がそれはそれは華やかで、子どもながらに印象深かったといいます。すべて空襲で、一夜にして焼けてしまったのですが。

 焼けてしまったお雛様を思うと心が痛むと常々祖母は言っていました。実家でお雛様を飾ると、祖母は毎年必ず見に来てくれました。「お雛様、今年もお会いすることができました。」と話しかけながら、深々と頭を下げていた姿を、昨日のことのように思い出します。ちなみに私は一人っ子ですので、実家のお雛様はひとつ。

 

 「子どもの頃の思い出を語る気分にはなれません。」と言いながら、結構しゃべってしまいましたね。話を戻しましょう。

 「一人の女の子に一つの雛人形」。母の子どもの頃の原風景とともに、さきほどのような話をきかされていたものですから、私も女の子にはそれぞれのお雛様をあげたいと思っていました。

 ただ、「お座敷いっぱいの雛飾り」と違って、現代の住宅事情はキビシイです。長女が生まれた時の家は、6畳4畳10坪の狭いアパートでした。テレビと小さな茶箪笥くらいしか家具を置いていないにもかかわらず、布団を敷くと歩く場所もありません。茶箪笥の上にギリギリ置ける大きさの二人雛にしました。小さいけれども台座もぼんぼりも橘と桜もあります。金屏風の前にすわる木目込みのお雛様はやさしい顔立ちで、質素なアパートに、そこだけポッと春が来たようでした。1歳になったばかりの娘は、お雛様を指さして何度も「きー」と言いました。「きれいね」と言いたかったようです。

 

 次女が生まれたときは、「一人にひとつ」ということでお雛様を用意することに迷いはなかったのですが(少し広めのアパートに引っ越していたので、雛人形を2つ飾るスペースはありました。)、問題はどんなお雛様か。実は私の中では早くからイメージができていて、ケースに入った立ち雛にしました。長女と同じタイプのものでは芸がないかなと思ったのです。こちらも木目込みで、同じ職人さんによるお人形にしました。同じ顔立ちで、タイプの違うお雛様が2つ並んで、かわいさ倍増です。姉妹みたいでいいなと思いました。われながら、うまくやったなーと思ったのですが・・・

 

 次女が幼稚園の年長組の頃だったでしょうか。

 「なんでミーちゃん(仮名ですが、本人の名前と思ってください。次女は自分のことをこう呼びました。)のお雛様には、いろんなものがないの? ゆうこちゃん(姉の名前 仮名ですが)のお雛様みたいなのがほしい。」

 確かに、長女のお雛様には、いろいろなお道具がついています。小さいながら、いっぱしの雛飾り。一方次女の立ち雛は、一対のお人形だけで、お道具はなし。しゅっとした立ち姿でかっこいいと私は思っていたのですが、いかんせんシンプル。ケース入りというのも、「ほこりにならなくていいじゃない」というのは大人の目線で、いわゆる雛飾りのイメージからはちょっと離れています。

 で、私は何と答えたか。

 「そうだよね。みーちゃん、お姉ちゃんとおんなじのがいいんだね。でもほら、みーちゃんのおひなさま、かわいいお顔でみーちゃんのこと見てるよ。みーちゃんの守り神様なんだよー」

 と言ったか。いえいえとんでもない。自分の思いをこめたお雛様を「気に入らない」と言われて傷ついたダメ母は、「これがあなたのお雛様です。わがままを言うものではありません。」と言いました。ごめんなさい。

 でも、さすがにきつく言い過ぎたかと思って、ミニチュアの桜と橘を買い足しました。それを聞いて、母が、木目込み人形用の小さなぼんぼりをプレゼントしてくれました。台座は平たい箱に和紙を貼って手作りしました。ミニチュアの江戸前寿司まで入れました! 本人は、子どもがいた方がいいと言って、女の子の小さな紙人形を入れました。「これ、みーちゃんだよ。」

 ケースの中は、ぎゅうぎゅう満員のカオスです。そうなってみると、この方がよほどいいような気がしてくるから不思議です。「シンプルで、しゅっとしていていいじゃん」なんて、どうして思ったんだろう?

 

 先日、21歳になった次女と雛人形を出しました。我が家は12年前に3度目の引っ越しをし、雛人形を2つ飾るくらいのスペースは楽勝です。もしかしたら、段飾りもギリギリ行けたかも。コンパクトな2つの雛飾りは、床の間にちょうど収まります。これはこれで、完結か。

 お雛様を飾りながら、次女に言いました。

「ごめんね。小さいとき、こんなお雛様じゃヤダって言われて、私、怒っちゃったでしょう? あなたの気持ちわかるよって、言えばよかったのにね。」

「あの時のこと、すごーく覚えてる! ママにすごく怒られた。」

「怒ったというより、がっかりしたんだけどね。ごめん。」

「でもね、私、自分のお雛様、すごく好きだよ。いやほんとに。いろいろ入っていていいじゃない?」

 ・・・本当だね。これはあなただけのバージョンだよ。小さなあなたが主張して手にしたバージョン。あなたはいい味出してたよね、子どもの頃から。これからもたくましく生きて行ってほしいな。

 お雛様の思い出を語ると、何となく切ない気持ちになるのに、それをパーっと吹き飛ばしてくれる次女のお雛様なのです。たくましい次女に感謝。

 

 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

 また訪ねて来てくださると幸いです。

 

 実家の母が入院してしまったので、街道ウォークはしばらくお休みします。「今週のお題」と「読書について」は続けますので、のぞいてくださると嬉しいです。よろしくお願いいたしますm(__)m

 

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