てくてくわくわく 街道ウォーク

晴歩雨読。週末の東海道てくてく歩き&ときどき読書のブログです!

第11回 街道ウォーク 国府津→小田原②

 国府津→小田原 街道ウォーク後半です。

   酒匂川を渡ると・・・

 

二宮金次郎表彰の地碑

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 文政元年(1818)、小田原藩主大久保忠真が幕府の老中を任せられて江戸に向かう途中にこの地を通りかかり、領民の代表を集めて、13人を働き者や親孝行者として表彰しました。金次郎もその中の一人で、当時32歳でした。これを機に、金次郎は、小田原を始め全国の藩の、農村の復興や財政の再建に貢献するようになったということです。

 と、碑にかいてあったのでアップしますね。

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八幡神社

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 この辺りの村の鎮守様でしょうかね? 境内の立派な松の木に注目。


新田義貞墓

 

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 新田義貞の首塚は街道より2本(1本ではなく2本なのがミソ)、海側に入った道なりに行くと、このような案内があります。わかりにくいので、注意深く探してください。

 とりあえず、案内をご覧ください。↓

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 新田義貞は福井で討死にして、その首は足利尊氏により晒されていたのですが、家臣がこれを奪い返しました。故郷の群馬に持ち帰るつもりでしたが、家臣も病気になってしまったため断念し、やむなくこの地、網一色村で埋葬したそうです。

 

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 細道を入っていくと、小さな公園になっていて、首塚があります。(家臣のお墓もありました。)家臣さん、無念でしょうが、こうして主君と同じ場所に埋葬されたのはよかったですね。

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 こちら、首塚のある公園。藤沢の義経の首洗いの井戸もでしたけど、公園の中に首って・・・ 遊具もありますけど。怖くないのかな(・・?

 と私がつぶやいたら、くろやぎ(同行者・夫)が、「それが日常なら別に気にならないんじゃない?」と言いました。なるほど。

 そういえば私も、子どもの頃遊んでいた場所に乃木大将の碑があって、とても大きな碑だったんですけど、近所の子たちと「おうちごっこ」の家にしてましたね(-_-;) 碑に上ると岩のごつごつした穴がいっぱいあったんで、小枝を拾ってきて突っ込んで、「かまど」にしてた。もちろん、火はつけないですよ。ごっこ遊びね。親から「乃木大将の碑」って聞いてたけど、「ノギタイショーってなんだろね?」くらいにしか思ってなかったなあ。ゴメンナサイ。

 ちなみに、あの碑があったところ、今はちゃんと立ち入り禁止になってます。


常顕寺

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 常顕寺です・・・ なぜ、チェックポイントなのか、またまた謎です。臨済宗のお寺です。



呑海寺

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 「どんかいじ」と読みます。臨済宗大徳寺派のお寺だそうです。

 

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 本堂はこちら。

 

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 境内の掲示板のぼけない五か条に目が行ってしまいました。

一、仲間がいて気持ちの若い人

二、世話好きで感謝のできる人

三、本をよく読みよく書く人

四、よく笑い感動を忘れない人

五、趣味をもち旅の好きな人

 

だそうです! 肝に銘じておきます。

 

上杉竜若丸墓

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 新田義貞の首塚の後に、またお墓。街道ウォークは、ちょっと怖いチェックポイントが結構ありますね😢

 ちょっとわかりにくいですが、看板が出ていました。

 

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 この小さな建物の中に祀られているようです。ところで上杉竜若丸って?

 説明板をアップしますね↓

 

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 上杉竜若丸は、上杉憲政の嫡男で、降伏の使いとして小田原に出向いてきました。まだ11歳か13歳の子どもでしたが、北条氏康は大敵の嫡男なので危険視して、竜若丸の首をはねました。

 これを知って不憫に思った小田原の人が、供養塔を建てたという説明です。

 納得。竜若丸って、子どもだったんですね。降参だって言ってるのに、氏家、冷酷だな。


心光寺

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 浄土宗のお寺です。何故チェックポイントなのか、やっぱり謎でしたが、鐘楼の脇の松の木が立派なのが印象に残りました。


山王神社

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 星月夜の井、林羅山の詩碑があるということですが・・・

 詳しくは説明板をご覧ください↓

 

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 ざっくり言うと、古くから星月夜の井戸というのがあったことから、山王神社は星月夜ノ社とも言われていて、林羅山も歌に詠んだ・・・と。ざっくりしすぎ?

 

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 こちらが星月夜の井戸です。

 

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 林羅山の詩碑ですが・・・読めません(-_-;)


宗福寺

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 宗福寺は、徳川家康が小田原城征討の折に、戦勝祈願をしたことで知られています。

 

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 境内になぜか神社がありまして・・・

 神社前の説明板、アップします↓

 

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 この神社に、家康が戦勝祈願をしたのですね。

 

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 神社脇の欅の御神木。神社にお参りして「無念・無想・無我」となって御神木に触れるとお願いが叶うのだそうです。

 御神木に触れさせていただきましたが、「無念・無想・無我」だったか、自信がありません。


江戸口見附跡

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 ついに、小田原宿の入り口まで来ました!

 見附跡が歩道橋の袂にあります。

 説明板もアップします。

 ここに土塁が築かれていたという説明が興味深かったです。

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 見付跡の説明板付近。なんとなく雰囲気ありますね。


一里塚跡

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 歩道橋を渡ると一里塚跡があります。

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  秀吉との小田原合戦の時には、城下町ごと土塁で囲ったのですが、家康は東海道を通すにあたり、この構造を壊したという説明に、またまたびっくり。そーだったんだ。

 

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  街道をはさんで右手が江戸口見付跡、左手が一里塚跡。両者を歩道橋がつないでいます。


北条稲荷・蛙石

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 小田原城落城前夜に盛んに泣いたという「かえるいし」。興味津々だったけど、そんなかわいい感じのものじゃなかった😨 「かえる」じゃなくて「かわずいし」だし。とりあえず、説明板をアップします↓

 

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 この柵に中に石があります。ものものしい感じ。結界かな?

 近づいて石を写真に撮ってはみたけど、なんか、ここにアップするのはやめておきます・・・(私、割と怖がりなんです)

 
善照寺

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  またまた、何故チェックポイントか、わからなかったけど。本堂です。


寶安寺

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 安寺です。「寶」は「宝」の旧字体です。

 ガイドブックは安寺になっていますが、たぶん誤植だと思います。「寶」と「賢」、パッと見、似てるから。

 幼稚園が隣接されていました。何故チェックポイントかは、?です。

 旧道からはずれるし、正直言って、街道ウォーク的には寄らなくてもいいんじゃないかなーと思ってしまいました。

 

万町標識

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 箱根の城下町には、万町のだけでなく、旧町名を記した石標があちらこちらにあります。これはその一つ。

 

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 裏説明もありました。

 「よろづちょう」ではなく、「よろっちょう」だそうです。「七里役所」という紀州藩の飛脚継立所(ひきゃくつぎたてしょ)がありました。江戸時代末期には、旅籠や小田原提灯作りの家がありました。

 
小清水脇本陣

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 「旅籠・小清水」は「古清水旅館」に名前を変えて営業中

 と以前、ブログの記事(「弥次さん・喜多さんを追いかけて 国府津→小田原」)で書いてしまったのですが・・・すみません。

 古清水旅館は、高齢者向デイサービスの施設に変わっていました。

 

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 デイサービスの2階に、資料館があるとのことです。

 日曜日で閉館してたみたいで、時間もなかったので立ち寄りませんでしたが、説明部分、近づいてパチリしたのでアップします↓

 

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 小田原の空襲で罹災したときの写真が展示してあるようですね。


清水金左衛門本陣跡

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 説明板によりますと、清水金左衛門本陣は、江戸時代は大名の宿泊所として役目を果たし、明治になっても明治天皇が5回も泊まられたとうことです。

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なりわい交流館

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 なりわい交流館まできました! やれやれです。

 小田原の典型的な商家の造り「出桁造り」の建物です。

 関東大震災で被害を受けましたが、昭和7年に再建したとのことです。

 

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松原神社

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 最後のチェックポイント・松原神社です。

 日本武尊を祀る小田原宿の総鎮守というだけあって、なかなか立派な鳥居と参道です。

 

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 「吉兆の大亀」というのがありました。

 撫でると、さまざまなご利益があるらしい。

 亀は長寿を象徴する生き物なので、お賽銭を十円納めると10日、百円納めると100日、千円納めると1000日、寿命が延びるんですって。

 ちょっと悩んで、百円を・・・

 

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 16時22分、小田原駅に到着しました。今回も無事、終了。

 6時間47分、26426歩でした。

 

 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

 また、ご訪問くださると嬉しいです。

 


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