てくてくわくわく 街道ウォーク

晴歩雨読。週末の東海道てくてく歩き&ときどき読書のブログです!

クローズアップ! 大磯宿

 箱根駅伝を見ていると、今まで通った道、これから通る道が映って、面白いです。大磯、もうすぐ行くからね!と思いながらこのブログを書いています。(ちなみに、今は、1月2日です)

 早速、大磯宿をクローズアップ!!

 

 大磯町は、相模湾や高麗山、鷹取山などの豊かな自然が暮らしの場に近接しており、また、長い時間をかけて郷土が培ってきた伝統や文化が大切に受け継がれることによって、自然的、歴史的、文化的に魅力のある町として発展してきました。 古代までさかのぼることができるその歴史とは・・・

 

古代・中世~近世以前

 大磯町には数多くの遺跡があり、発掘調査などによって多くの資料が出土しています。

 大化改新後の大宝令(702年)によれば、余綾郡伊蘇郷(大磯・西小磯・東小磯)と、同余綾郷(国府本郷・国府新宿)、大住郡高来郷(高麗)の、2郡3郷から成っていたことが知られています。「大磯」の初見は、正倉院御物の中の天平10年(738年)の墨書銘で、「大磯郷」の文字がみられます。
 平安時代になると、相模の国府が置かれ、文字どおり地方政治の中心地として活況を呈しました。
 やがて、源頼朝が鎌倉に幕府を開くと、距離的に近いせいもあり、大いに栄えました。戦国時代には、高麗山や王城山、城山などの自然の要害が、小田原北条氏の衛星的な出城として活用され、軍事用の道も整備されました。なお、鎌倉時代初期の曽我兄弟の仇討ちを題材にした軍紀物『曽我物語』で知られる曽我十郎と大磯の遊女虎との伝説を偲ぶ史跡が、多く存在しており、街道ウォークでは是非、チェックしたいところです。

 

江戸時代

 大磯は鎌倉時代から古東海道の宿駅であり、鎌倉郊外の保養都市(若殿輩の遊び場)でしたが、その後、徳川家康が江戸に幕府を開くと、東海道が整備され、それまで御獄神社の前の官道(鎌倉・古東海道)を通っていた人々も東海道を通るようになり、官道沿いの人家も次第に東海道沿いに移転するようになりました。

 元和6年(1620)には、尾上本陣の祖先市右衛門が大名宿を始めましたが、これが大磯宿の始まりとされています。
 さらに寛永12年(1635)に参勤交代の制度が実施されると、大名行列をはじめ東海道の往来が一層はげしくなり、大磯宿も起点の日本橋から八番目の宿場として大いに賑わいをみせました。

 ちなみに、古花水といい、かつての花水川の流路であった場所が、平塚宿の西の境です。古花水には長さ六間(約11メートル)の土橋が架かっていました(現在は暗渠)。ここから東海道は高麗寺村、大磯宿、加宿東小磯村、西小磯村、国府本郷村、国府新宿、二ノ宮村といった村々を貫いていました。

 

明治以降

 明治維新により大磯は宿場町としての機能を失い、一時期、衰退の一途をたどりました。

 しかし、転機は訪れます。明治18年(1885)、初代・陸軍軍医総監を務めた松本順が、西洋医学における先端医療のひとつとして、「海水浴」を推奨し、照ヶ崎海岸に海水浴場が開設されました。

 また、明治20(1887)年には、大磯駅が開業しました。当初は平塚から国府津までの間に駅は必要ない、という計画でしたが、松本順が当時の初代・内閣総理大臣・伊藤博文に相談し、大磯駅が誕生します。明治30(1897)年には、伊藤博文が温暖な大磯の気候が気に入り、居を移しました。これに続き、歴代総理大臣(大隈重信、加藤高明、西園寺公望、寺内正毅、原敬、山縣有朋、吉田茂)ほか、多くの政財界の重鎮たちの別荘が数多く建築され、保養地としての大磯の名が全国に広まりました。大磯駅前には、優良避暑地第1位を示す「海内第一避暑地」の石碑があります。

 

戦後~現代

 戦後は、吉田内閣の成立と長期政権により、大磯町の第一歩が踏み出されました。

 吉田茂は、養父・吉田健三が購入した邸宅で幼少期より過ごし、首相在任中には週末を過ごし、退任後には隠棲しました。退任後も政治への影響力は絶大で、多くの政治家が吉田のもとに通い、「大磯詣」と称されたほどです。

 宿場町から避暑地へ、華麗な転身を遂げた大磯町ですが、国の重要無形民俗文化財に指定されている小正月行事の左義長をはじめ、相模国の有力神社が集まる国府祭、豊漁を願う御船祭、子どもたちによって受け継がれてきた西小磯の七夕行事など、四季を通じてさまざまな民俗行事が今も行われ、人々が守り育んできた文化や暮らしぶりが伝えられています。

 自然と調和した首都圏近郊都市・大磯町は、平成元年には町制施行100周年、平成16年には、合併50周年を迎えました。平成29年10月1日現在、12,491世帯、31,449人です。

 

 各時代ごとに花開いた文化を随所に残す、リゾート地へ華麗なる転身を遂げた大磯宿

という理解でいかがでしょうか?

 

 ここまで読んでくださりありがとうございました。明日は、浮世絵についての記事をアップします。また訪ねて来てくださると嬉しいです。

 

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【参考】

大磯町ホームページ

大磯町ホームページ

大磯町観光協会ホームページ

http://www.oiso-kankou.or.jp/entry.html?id=27562

大磯町の観光情報サイト イソタビドットコム

http://www.town.oiso.kanagawa.jp/isotabi/look/index.html

 

 


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