てくてくわくわく 街道ウォーク

晴歩雨読。週末の東海道てくてく歩き&ときどき読書のブログです!

照手姫とお軽勘平 戸塚→藤沢

 次回ウォーク、戸塚→藤沢には、歌舞伎に関連した2つのチェックポイントがあります。すなわち、遊行寺境内長生院裏にある「小栗判官墓」と、戸塚区原宿1丁目辺りにある「お軽勘平道行碑」です。江戸の歌舞伎「小栗判官照手姫」と「道行旅路花婿(お軽勘平)」は、人気の演目でした。当地は劇中の場面にゆかりの地を訪ねる人にとってちょっと特別な場所だったのでしょう。いわば聖地のような・・・。今だって、例えば「君の名は。」の聖地巡りが話題になったりしていますね。それを思うと、なんだか急に江戸時代の人に親近感がわいてきます。

 人々の心を捉えた「小栗判官照手姫」と「お軽勘平」とはどんな演目だったのでしょうか? 順に見ていきましょう。

 小栗判官照手姫

物語

 名越左衛門の弟横山大膳は、兄を毒殺して家を横領した上に、遺子太郎秀国とその妹照手姫の夫小栗判官兼氏をも毒殺しようとします。(ここで、官僚家よりお預かりの重宝勝鬨の轡が盗まれていて、後の伏線になります。)太郎は物狂いを装い、小栗判官も照手姫の機転で助かり、鬼鹿毛の名馬を乗りこなして、七里ヶ浜に逃れます。照手姫も判官の後を追い、二人の漂泊が始まります。

 照手姫は、小栗家の旧臣で今は琵琶湖の漁師浪七と小藤夫婦にかくまわれていましたが、小藤の兄にさらわれ、危ういところを夫婦に助けられ、引き換えに夫婦は死んでしまいます。

 小栗判官は、絵師に姿を変えていましたが、長者の娘お駒に見初められ、お駒の婿になります。盗まれた勝鬨の轡がここにあると知ったからなのですが、そこでなんと、この家の下女小萩となっていた照手姫に再会します。というのも、お駒の母・浅香はもと照手姫の乳母だったからです。お駒は嫉妬のあまり照手姫を殺そうとします。母・浅香は昔の主への恩のため娘の恋心をあきらめさせようとしますが、お駒は承知せず、母・浅香は娘を殺してしまいます。

 ようやく巡り合った二人ですが、小栗判官は病に倒れ、足腰が立たなくなってしまいました。照手姫は引き車に判官を乗せて那智山に参詣します。そこで不動明王の加護を受けて病気が治り、父の仇を討ちます。

 

 とまあ、こんなお話ですが、うーーん、なんなんだ、この小栗判官って男は! お駒の婿になっていたりして。しかも、この二人を守るために、周りの人がたくさん命をささげているっていうのに。最後は病気がなおって仇討ち成功。チャラ男にしてラッキーボーイか? すみません、言い過ぎました。

 この演目の見せ場は、小栗判官が暴れ馬を乗りこなし、華やかな曲乗りをするところ。確かに、小栗判官、かっこいい。そのあとしょうもない行動をとっても帳消しかも。それから、二転三転する二人の運命は、陰惨な悲劇も織り交ぜられ、人々をひきこませる力があったのでしょう。それになんといっても、いちずで健気な照手姫は、女性の共感を誘ったことでしょう。

 小栗判官照手姫の伝説は、「鎌倉大草紙」によると、足利持氏の世に小栗助重が相模国で盗賊のために毒酒で命を失うところ、遊女照手に助けられ、鬼鹿毛の名馬に乗って藤沢の道場に逃れてそこの遊行上人に助けられたというのが、オリジナルのようです。その伝説が、説教師から古浄瑠璃になり、歌舞伎になり、様々な脚色・演出が加えられました。

 そういうわけで、最初に照手姫が逃れたのが遊行寺です。遊行寺内の長生院には、照手姫と小栗主従の墓と伝えられる墓石があります。

お軽勘平

物語

 塩治判官の家臣早野勘平は、あの事件の起こった日、御供頭として足利館に登城しましたが、そこへ恋人の腰元のお軽が、判官の妻顔世御前から高師直への手紙を持ってやってきました。二人が逢瀬をしている間に、お軽が届けた手紙が原因で刃傷事件がおき、二人は足利館から閉め出されてしまいます。仕方なく落ち延びたところは東海道戸塚の山中です。勘平はお軽に「此処は戸塚の山中石高道で足は痛みはせぬかや」といたわっています。

 

 シンプルな話ですね。いうまでもなく、あの事件とは、浅野内匠頭吉良上野介江戸城松の廊下の事件のことですが、そこはおおっぴらにはできなかったようで、場所の設定を変えて、名前も仮名にして上演しています。

 忠臣蔵は直球ど真ん中で人々の涙を誘う演目ですが、こちら「お軽勘平」は、その番外編といったところでしょうか。忠臣蔵の感動話の輪の外にいた人のもう一つの物語。

刃傷事件の引き金にもなった二人。お軽がちゃんと手紙を届けていれば事件は起きなかったかもしれないし、勘平がもっとシャキッとしていたら四十七士に加わっていたかもしれませんね。割としょうがない二人だな。すみません、また言い過ぎました・・・

 この場面で逢瀬で遅れをとった勘平は申し訳なさに自殺をしようとしますが、

お軽は「それそのときのうろたえものにはだれがした、みんな私が心から」(あなたのせいではないわ。みんな私が悪いのよ!ってとこかな)と自殺を思いとどまらさせ、二人はお軽の実家に行くことを決心するまでの一部始終が演じられるのです。

 舞台上は、正面に富士の山、桜が咲き、一面の菜の花畑。のどかな春の風景とは裏腹に切ない二人の胸中。わかりやすく共感を呼ぶ演目であったと思われます。

 そういうわけで次回のウォークでは、情感たっぷりの道行を想像しながら、戸塚の山中、ではなく戸塚区原宿あたりの東海道を歩いてみたいと思います。

 

参考

『歌舞伎手帖』(渡辺保 角川ソフィア文庫

『歌舞伎ハンドブック 第3版』(藤田洋 編 三省堂

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