てくてくわくわく 街道ウォーク

晴歩雨読。週末の東海道てくてく歩き&ときどき読書のブログです!

第4回 神奈川→保土ケ谷①

 久々のピーカンの週末。街道ウォーク、待ちに待った再開です!

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 11月3日 9時43分 JR東神奈川駅。今日の出発点です。

 金蔵院、熊野神社は前回チェック済みなので、今日は通り過ぎました。なんか懐かしい。あの時は夕方だったけど、今日は朝の光に包まれて、輝いています。


1.神奈川地区センター

 地区センター前の広場には、かつて滝の橋のたもとにあった「高札場」が復元されています。

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  威圧感ありますね! ここに、おふれがいっぱい出たのかぁ。どんなおふれだったんだろ。怖いなあ。


2.成仏寺

 開港当時、アメリカ人宣教師の宿舎に充てられました。

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 この本堂がヘボンさんの住居になったのですね。

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 本堂の後方にも建物が。こちらがブラウンさんの住居になったのでしょうか?

 


3.慶運寺

 開港当時、フランス大使館に充てられたお寺です。

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 浦島丘にあった観福寿寺が慶応年間の大火で焼失したため、浦島伝説にかかわる記念物がこのお寺に移され、以来「浦島寺」とも呼ばれています。

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 手水鉢が、亀と龍の口になっています! さすが浦島寺。

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 浦島太郎が竜宮城に行ったとき、乙姫様からいただいた菩薩像が祀られているお堂です。そうっと中を拝見いたしました・・・ 確かに何かすてきな観音像が見えましたが、このことかな?

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 お堂の脇に、このような石碑もありました。なるほど、浦島伝説が伝わるお寺だと納得。

 
4.浄龍寺

 開港当時、イギリス大使館に充てられたお寺です。

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 当時のイギリス領事が手植した「多行松」と呼ばれる松があるとのことでしたが、わからなかったです。本殿の両脇の松ではないですよね? 小さいもの・・・

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5.滝の川

 権現山から流れ出る水が滝となって落ちていたので「滝の川」と言われるようになったという説があり、「河童のくれたされこうべ」という伝説もあります。

 昔々、滝の川には河童が住んでいて旅人を困らせていると聞いた一人の侍が、見事にこの河童を捕まえました。河童は「ある年一匹のうわばみが現れて、亭主は殺されてしまい、それからというものは、二人の子どもを養うために悪いこととは知りながら、ついついご迷惑をかけました。以後いっさい悪いことはいたしません。約束のしるしに、大事な亭主の首をさしあげます。どうぞおゆるしください・・・・」と泣き泣き言いました。哀れに思った侍は許してやりました。その夜、河童は約束通り首を届け、以後宿場は静かになったそうです。

  うーん、かわいそうなような、怖いような、言い伝えです。河童さん、その後、どうなったんだろ?

 こちら、滝野川と滝の橋です。 

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6.神奈川本陣跡

 小野モータース前に解説板あるということで、結構ぐるぐる回遊して、やっと見つけました。

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 「小野モータース」はこちら。

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  「小野モータース」の後方が、小野モータースの持ち物らしいビルになっていて、どうやらそこが、本陣のあった場所ではないかと思われます。

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  たぶんこの辺りが、本陣のあった場所でしょう。歩道をはさんで向かい側に、先ほどの解説板があります。

 

7.宗興寺

 アメリカ人宣教師で医者であったヘボンが、ここに施療所を開いていました。 

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 教会のような、洋風の外観にびっくり。

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 ヘボン博士の碑です。お花に囲まれて、ポカポカお日様に照らされて、いい感じ♪

 境内に、水量で翌日のお天気が占える「お天気井戸」こと「神奈川の大井戸」があったはずなんですが、チャペルのような(?)本堂と、フラワーガーデンのようなヘボンさん記念碑に幻惑され、「井戸」などという和風・古風なものがあることをすっかり忘れてしまいました。残念。

 どんな井戸だったんでしょ? たぶん、苔むしたりしていない、きれいな、井戸(笑) 

 

8.青木本陣跡

 滝の橋をはさんだ向かい側に、もう一つ本陣がありました。

 ランドシティ横浜ポートサイドのところだというので、近くをよくよく探しますと・・・

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  はい、「ランドシティ横浜ポートサイド」。これですね。大きなマンションでした。

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 説明板もありました。

 

9.洲崎神社

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 源頼朝の創建の神社です。最初の鳥居をくぐると・・・

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 あれが本殿かな?

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 控えめに、社殿の入り口が開いております・・・ そうっとパチリ

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 イチョウがきれ紅葉していました。狛犬さんも、絵になってます!

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 振り返ると、ずいぶん高い場所にあることがわかります。それもそのはず、神社前のこの先は、神奈川の湊だったんです!

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10.普門院

 洲崎神社別当寺です。門を入ると、ピロピロピロ♪と鳴って、ちょっと中に入る感じでなかったので、入口にて失礼します。(汗)

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11.甚行寺

 開港時、フランス公使館に充てられたお寺です。

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  土蔵造りだったのですが、フランス大使館になるときに、改造されたそうです。さらに、関東大震災と横浜大空襲で焼失しましたが、昭和46年(1971)に再建し、現在に至っています。大変な歴史をくぐってきたお寺です。これからは平穏でありますように。

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12.青木橋

 明治5年(1872)、このあたりのひと続きだった丘を切り開き、新橋・横浜間に鉄道が通されました。工事に伴い、鉄道をまたいで旧東海道を結んで、青木橋が架けられました。

 青木橋の上から見た線路です。日本ではじめて鉄道が開通した際の軌道跡ともいえます。f:id:kaz-mt-wisteria:20171104000934j:plain

 青木橋です。車の往来が多いです。この下が、線路。左手が京急神奈川駅です。

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13.本覚寺

 青木橋周辺を見下ろすひときわ高い丘の上、本覚寺があります。

 本覚寺は、開港当時、アメリカ領事館になりました。

 アメリカは、当時、すべてを見渡せる眺望の良さにほれこんで、この場所を領事館に選んだそうですよ!! ふーん・・・

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 神奈川領事であったドーアは、山門を、ペンキで白く塗ってしまったそうです。

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 山門をくづって右手に、塗装業者の合同慰霊碑がありました。ここは、山門を白く塗ったことから、洋風塗装発祥の地になったんだそうです! へえぇ・・・

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 なかなか立派な本殿です。

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 子育て地蔵尊に、ほっとします。

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 境内はこんな感じ。

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  見晴らしはいいし、境内は広いし、確かに、アメリカが気に入ったというのは、さもありなんという感じ。

 安政5年(1858)、日米修好通商条約締結に際し、アメリカ公使ハリスとの交渉にあたった全権委員・岩瀬忠震(ただなり)を記念する石碑があったらしいのですが、見落としました(汗)

 
14.三宝

 江戸末期から明治初期にかけて活躍した歌人・弁玉が嘉永4年(1851)に第21世住職だったお寺です。

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 丘のふちに張り出すように建っています。この細い道を進むと、本堂のようですが、ここまでにしておきます。

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15.大網金毘羅神社

 かつて眼下に広がっていた神奈川湊の海運関係者から深く崇められていあた神社です。

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 大天狗の伝説でも知られています。なるほど、確かに、天狗さん。

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 境内に、龍神社(右側・岩)と弁天社(左・穴)がありました。水の神様ですね。

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16.神奈川の一里塚跡

 大網金毘羅神社の鳥居脇あたりに江戸から7里めの一里塚跡があったらしいのですが、見つからなかったです・・・

 説明板は見たんですけど。どこのことかわからなくて。

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17.田中家

 歌川広重が描いた神奈川はこの辺り(現在の台町)。かつては神奈川湊を見下ろす景勝の地でした。広重の浮世絵によると、沿道には数軒の茶屋が軒を連ねていますが、中央の「さくらや」は文久2年(1862)以降、料亭「田中家」となり、高杉晋作やハリスも訪れています。坂本龍馬の妻・おりょう勝海舟の紹介で明治7年(1874)から田中屋で働き、英語力と月琴演奏で外国人客に評判になりました。現在も営業中の貴重なお店です。

 ということで、田中家の看板、わかりますか?

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 もう少し、近づいてみましょう。

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 お店です。玄関をのぞいたら、着物を着たお店の人とバッチリ目が合ってしまい、気まずくて、そそくさと退散しました。

 

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18.神奈川関門碑

 開港後、外国人が相次いで殺傷されたことを非難された幕府は、横浜周辺の主要地点に関門や番所を設け、警備体制を強化しました。神奈川宿の東西にも関門が作られ、そのひとつが西側・神奈川台の関門です。

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19.上台橋

 かつてこのあたりは、潮騒の聞こえる海辺の道でした。この場所から見えた朝日が、「神奈川駅中図会」に描かれています。昭和5年(1930)、開発が進み切通の道路ができるとともに、その上に橋が架けられました。

 橋の上からの風景です。

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 青海波の模様がきれいです。

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 神奈川区から西区に入る手前で、息入れます。距離は短いですが、チェックポイントが結構あって、すでに正午近くになっていました。(汗)

 早く整理しないと、どこがどこだったかわからなくなりそうで、がんばってしまいました。明日、また続きをアップします。