神奈川宿の様子を描いた浮世絵と言えば、これ。歌川広重の『東海道五十三次』の中の、神奈川「台の景」という1枚です。JR東神奈川の駅の改札口を出たところに、この絵が通路の壁面を飾っており、「街道ウォークの駅なんだ!」と前回嬉しくなってしまったことを思い出します。
この絵は、「台之景」と題されているように、神奈川宿の西端にある台町の風景が描かれています。「台」という名称の通り、東京湾に面した崖上に立地する台町は、対岸の房総半島南部まで見渡すことができる眺望を売り物として多くの茶屋が軒を連ねていました。この絵でも、茶屋の女の人に手を引かれて仕方なく立ち寄ろうとする人、「いやいや、結構」と振りきろうとする人、なんてにぎやかなことでしょう。その先にはもう一人、茶屋の女性が待機中。これは、引っかからずに通り過ぎる方が大変かも!
手前の茶屋の欄干(テラスのような)が見えますが、海が見渡せる特等席だったことでしょう。弥二さん・喜多さんが活躍する『東海道中膝栗毛』にも、次のようなくだりがあります。
ここは片側に茶店軒(ちゃやのき)をならべ、いずれも座敷二階造、欄干つきの廊下、桟(かけはし)などわたして、浪うちぎはの景色(けいしょく)いたってよし
十返舎一九も、この絵に描かれている茶屋で一休みしたことがあったのかもしれませんね!
欄干の上の赤提灯の後方に細い洲崎が見えますが、これが開港前の横浜村から突き出た陸地です。眼下には帆を下して神奈川湊に停泊する船が描かれています。ちょうどそのあたりが現在の横浜駅周辺になります。なんとなんと、横浜は海だったんですね! 何十年も関東に住んでいながら無知でした・・・
坂道に目を戻しましょう。先ほどの、茶屋に入る入らないのドタバタをしている旅人、かなり目立っていますが、その後ろに小さな女の子と手をつないでいるお父さん、そのすぐ後ろにも大きな四角い荷物を背負った男の人が続きます。男の人の大きな荷物は、仏像を入れた厨子で、男の人も、お父さんと女の子の親子連れも、巡礼に行く人たちです。もくもくと歩く様子は、先のにぎやかな旅人とは対照的に静かです。
坂道の急勾配を表現するために同じ形の屋根が重ねるように描かれています。また、坂道に沿って下から見上げた視線が右上端から左方向に次々と現れる岬に注がれ、くの字に描かれた船の数々をたどって再び陸地に視線が戻るような仕掛けになっています。歌川広重さん、写実的な描写かと思いきや計算された場面づくりや構図に、さすがというか、びっくりです。
ところで、上から3軒目の茶屋の看板、よーく見ると「さくらや」と書いてあります。幕末の頃、文久三年(1863年)に、田中家の初代がこの「さくらや」を買い取り、「田中家」がスタートしました。「田中家」は現在も営業中で、食事をすることも可能です。
海と一体となった台町の風景を今はもう見ることはできませんが、この付近の地形は、神奈川宿内で今でも旧東海道の面影を残す数少ないスポットです。次回のウォークでは、絵の通りの急な坂道を登りながら、この絵の情景をイメージしたいと思います。ああ、早く行きたいなぁ!
【参考】
横浜市 神奈川区 神奈川区役所ホームページ 神奈川宿歴史の道【パンフレット紹介】
横浜市文化観光局ホームページ
「田中屋」ホームページ
なお「田中屋」については、過去にアップしました「先取りふむふむ 神奈川→保土ケ谷①」も、ぜひあわせてご覧ください。
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